#夏×現代×水着 その1
子どものはしゃぐ声や大学生グループから時折上がる妙な奇声。
カップルなどは可愛いものだ。ただ二人でぴたりとくっついて流れているだけ。ここではカップルが一番ありがたいお客さんだったりする。
容赦なく照りつけてくる太陽に、プールサイドの水滴は瞬く間に乾いてしまう。
たらりと首筋を伝った汗は拭わない。これから嫌でも汗ばかりかくことになるからだ。
ビーチサンダルを踏みしめながら目標への距離を縮める。このときだけは、奴の規格外な身長にありがたみを感じる。
その大きな背中は案の定、カラフルな水着に囲まれていた。溜め息が一つ。
「――交代だよ」
抑揚なく声をかけると、大きな背中がすぐに振り返った。僅かに眉を下げて、でも少しほっとしたような顔をしている。
それとは対称的にあからさまに不機嫌な顔になるビキニ集団。怖っ。
仕事ですので失礼します、とか無難な台詞を言ってるのが聞こえた。アイラインで吊り上げた目を私に向けるのはやめて欲しい。これだからこの男と交代するのは嫌だ。
最後に私を睨んでから背中を向けた水着集団を見送って、また溜め息。お姉さん方、この男は日曜朝の戦隊物トークを小学生といつもしてるような奴ですよー。
「……文鴦。このバイトもう何週間目?一人で捌けるようになってよ」
「いや、声をかけられると何かあったのかと思ってしまって」
相変わらず融通のきかない男。そりゃプールに来て監視員に声をかけるお姉さん方もどうかとは思うけど。
「…もう分かったから。次は室内でしょ、早く行って」
「あぁ。今日は日差しが強いから気を付けるんだぞ」
「うん」
とは言ってもこれから二時間は炎天下のプールサイドで監視という名のお仕事だ。少しだけ気が滅入る。
ひと夏の荒稼ぎの代償は予想以上にハード。
*
首筋を汗がつたうと僅かに沁みた。もはや日焼け止めは役目を果たさなくなっている。
プールサイドを走る小学生に笛を吹いて注意喚起。つまらなさそうな顔を向けられたが、毅然と見返してやる。暑い、疲れた。
「――唯緋」
ふいに太陽の光が遮られ、大きな影が落ちた。
聞き慣れた声に振り向けば、案の定文鴦が私を見下ろすように立っている。太陽を背にしているくせにその顔は至って涼やかだ。
ふぅ、と息を吐いて監視用のイスから立ち上がる。
「お疲れ」
「あぁ、お疲れ。交代だ」
「あーやっと帰れる」
「今日はこれで上がりだったか」
うん、と頷いて帽子をとる。熱の籠っていた頭が生ぬるい風に吹かれて少しだけ涼しく感じられた。
帽子で軽く顔を扇ぎながら汗を拭う。
伸ばしてきたホースでプールサイドに水を撒く文鴦をぼんやりと見て、あ、と思い至った。
「文鴦、水かけて」
「ん?」
「水。ホースで」
頭から水を被ればいいんだ。ちょうどいい。水着着てるし。
声をかけつつハーフパンツを下ろし、市民プールのロゴが入ったTシャツを頭から脱ぎ捨てる。開放感。
目を上げると、ぽかんとした顔で静止している文鴦が見えた。
「文鴦?」
「…え、あ、あぁ…」
なんとも言えない空返事の後、慌てたようにホースが持ち上げられる。水音が聞こえ、頭に冷たい衝撃が弾けた。
流れていく水に、日光に火照った身体が冷まされていくのを感じる。背中を水が流れていったとき少しひやりとしたが、それすら気持ちいい。
目を閉じて髪を後ろに流す。するとふいに水が止まった。
え、もうちょい浴びたいんだけど、と心中呟きながら目を開ける。
――あれ、文鴦、こんなに顔赤かったっけ。
「…もういいだろう」
「え?」
「これ以上は勘弁してくれないか。……目の、毒だ」
言うなり背を向けてしまった文鴦の、いやに大きい背中と長めの襟足を見つめる。
帽子の下から覗く耳はさっき見た顔と同じくらい赤い。
何その台詞。何その反応。
汗がたらりと首をつたう。水を浴びたばかりなのに何でこんなに熱いんだ。
融点低めで消えてゆきます