#社会人設定
「逢いたかった」と囁き合いながらキス。それも1回じゃない。軽く3・4回。男がうすら寒い台詞を口にしてまたキス。それにヒロインが感極まったような震えた声で可愛く応えてまたキス。そして「愛してる」と連呼しながら合間合間に挟みまくるキス。突然ヒロインを呼ぶ声。「行かなくちゃ」と言うヒロインに離れがたいと言わんばかりにキス。「明日も逢いに来る」と言って名残惜しそうにヒロインから離れて背を向けたくせにすぐ切羽詰まったように戻ってきてまたキス、キス、キス。
「――早く帰れよ」
画面の中の男についしびれを切らして悪態をついてしまった私は決して悪くはないと思う。
ムード(なんてへったくれも無いと思うが)をぶち壊しにする発言であったことは認めるが、私の隣で私と同じように鑑賞している男は無言のままだ。
腕は組まれたまま。体は微動だにしていない。
「…惇、そんな険しい顔で見る映画じゃないと思うけど」
眉間には深い皺が刻まれ、非常に恐い顔である。
背負っている真剣オーラも尋常でない。一体どこの組の者かと問いたいくらいのこの男が実は一介の教師だなんて、それだけで笑える。(実際は笑えない)
「…じゃあどんな顔で見ろというんだ」
「えー…、どのシーンを使おうかな、とか研究してるっぽい顔?」
「そうしている顔だが?」
「…」
生まれつきの任侠顔はもはやどうにもならないものらしい。
鳳凰学院で夏侯惇の受け持つクラスが今年の学祭で劇をやることになり、その演目が『ロミオとジュリエット』になったという。
それだけなら別になんらおかしなこともない、高校の学祭でのよくある話である。
しかし、惇はそのタイトルや登場人物のことや大まかなラストこそは知っているものの内容をしっかりとは知らなかったらしく、どんどん話が進められていくクラスのHRで非常に焦っていたらしい。(多分自覚ないだろうけどまた恐い顔してたに違いない)
その話を聞き、少し前にテレビでやっていたのをたまたま録画していたので見に来るか、と言えば惇は勿論のこと了承し、こうして私の家で鑑賞会と相成ったわけだ。
「でもさ、学祭の劇でキスシーンとかさすがにないよね?」
「当たり前だろう。それ以前に俺はそういう行きすぎた行動を止める立場だ」
「あーそーねー生徒指導部長さんは大変ですねー」
「…孟徳は面白がって止める気すらないからな…」
はい出た。出たよ。
私の恋人は付き合いの始まった学生時代から従兄弟命である。
「でもこのキスしまくってる二人の俳優、こんときまだ16、17歳くらいだったらしいよ」
「…これが仕事で、商品化されてるもんと一般の高校生を一緒にするな」
「や、でもそう考えたらすごくない?仕事とはいえ多感な時期に魅力的な異性とキスしまくるんだよ?好きになっちゃったりしないのかな」
「…その辺は割り切ってるんじゃないのか。元々好き合っている者同士ならともかく」
「だって私高校生のとき惇とこんなにキスしまくったこと一度もないよ」
視界の隅で惇の肩が、がくり、と大きく傾いだ。
目を向けたままの画面の中はとっくに場面が変わり、男が友人に恋の苦しさについて語っている。
「…何でそんな話になる」
「一番身近な例?だから?」
「お前な…」
惇は溜め息をひとつ吐いて、また画面を眺めながらしばらく無言になる。
意外と反応薄かったな、とか思いながら画面を見ていると、惇が唐突に口を開いた。
「俺とお前は敵対している家の子供同士ではないし、もしそうだとしてもお前と共に死ぬことなど選ばない。何があっても共に生きる」
今度は私の肩が、びくり、と跳ねる番だった。
「…なに、感化されたの」
「ふん。お望みとあらばキスしまくってやろうか」
「全力で遠慮します」
好きになってしまうんだろう、とか言いながら極悪な笑み(にしか見えない)で私との距離をじりじりと詰めてくる惇から腰を逃がしつつ冷や汗を流す。
それは高校生の話、と言いかけた私の言葉は当然のように惇の唇にぶった切られた。
夢見る少女じゃいられない
(一体どこでスイッチ入れさせてしまったんだろう…)