「もし明日、世界が終わってしまうとしたらどうしますか」

私の言葉に目を上げた劉禅様は、目を丸くして少し驚いたような顔をした。
静かな月の夜、闇がなめるように陰を落とす室の中はどこか空虚な気配を抱いている。夜は決まって不安になる、繋ぎ止める何かをあてもなく探してしまうのだ。
劉禅様は、ふっ、と穏やかに微笑んだ。
この人の笑顔は私を不安にさせる。なのに、手を離すことができなくなる。

「…くだらない話を、とお思いですか」
「まさか、その様なことはない」
「夜、劉禅様のお側にいると、もしもの話を考えてしまうのです」

顔を上げていられなくなって俯くと、劉禅様が僅かに身動ぐ衣擦れの音がした。夜はあまり好きではない。でも、こうして劉禅様の側にいられることを私は毎夜願ってしまう。

夜に眠れないから話し相手になって欲しい、そんな言葉が最初だった。
ただの女官に過ぎない私が、蜀の主君たる劉禅様の近くにいくなんてことは夢にも有り得ることではない。夜は、全てを覆い隠してくれるかのようだった。夜毎、暗闇に紛れて劉禅様の室に向かう私はいわば黙認されていたのだろう。

「――そうだな、もし明日世界が終わってしまうならどうしようか」

そっと目を上げると、劉禅様は窓から見える月を目を細めて見つめていた。
その横顔はあまりにも綺麗で、まるで作り物のようで、私は胸を締め付けられるかのような苦しさを覚える。手を伸ばしてもきっと届かない。
ふ、と振り返った劉禅様は、透き通るような笑みを浮かべて私を見た。

劉禅様、と呟いた声は震えていたかもしれない。

「私は、明日世界が終わってもよいと思うのだ」

劉禅様の白い指が、ゆっくりと伸びて私の指に触れる。



「そうすれば、次の世界では私はただの平民として生を受けているかもしれない。唯緋と結ばれ、ずっと共にあることができるかもしれないだろう?」



堪え切れないような気持ちになってしまうから、夜は嫌いだ。
たとえ、本当に明日世界が終わってしまうとしても、絡められた指の力は一生忘れたくないと思った。




天使は息をするのをやめた



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