くそ、と奥歯を噛み締めて目の前の切れ長の目を睨み付ける。
私を見返すその目がうっすらと細められ、鼻で笑うかのような色を帯びる。この野郎。今完全に見下しやがった。
流れるようにしなる羽扇の動きはしかしどこか退屈そうで、私は一層の苦々しさを持って振り払う。それでも私の動きは躱されいなされるばかりだ。

「――手ぇ抜かないでくれる仲達!」
「…何を世迷言を」

間合いに一歩踏み込み、眼前に迫った青白い顔に向けて一喝する。
頭一つ分の距離しかないにも関わらず、相変わらずのあまりよろしくない顔色(奴は平素こんなもんだが)は微塵も揺れない。そのまま薄く嘲笑うように口の端が持ち上げられる。

「お前が私に及ばぬというだけだろうが」
「…うるさい!」

劣等感をそのものずばりと突かれ、かっと頭に上った血に抗わず腕を振り上げる。
だがそれより速く、馬鹿めが、と聞き慣れた言葉が聞こえ、伸びた仲達の指に額を強く弾かれた。

「…っ、い、」
「己の得物の間合いすら忘れたかこの凡愚め。故にお前は未熟なのだ」

たたらを踏んで押し黙る私に、仲達は、ふん、と小さく鼻を鳴らした。



同じ魏に仕える家系に生まれ、年も近い仲達とは今も続く腐れ縁だ。同じ頃に軍に入り、宮に上がった。
共に軍師としての適性を認められ、戦い方だけでなく兵法や軍略など様々なことを学んでいった。あの頃はただ無邪気に、仲達と肩を並べ切磋琢磨していくことが楽しくて仕方なかった。
次第に仲達の才は周囲に認められるようになり、それは自分のことのように誇らしかったのだ。仲達を一番間近で見てきたのだから。
しかし、どうしても納得したくないこともあった。

いつの間にか、手合わせで仲達に歯が立たなくなってしまったことだ。
いつの間にか私の背を追い越していた仲達は、小さかった頃のように私の槍裁きに付いていけないなんてことは無くなり、力ですら押し負かすようになった。あの生っ白い奴がだ。
私はそれがどうしても悔しくて我慢ならない。



「…第一だな。唯緋、お前は仮にも女だろう。戦場などに繰り出してもし万が一ということになれば……か、勘違いするな、心配してやっている訳では、」
「仲達、もう一本」

何かぶつぶつと言っている仲達は無視して再度槍を構える。
仲達は眉間に思い切り皺を寄せて口の端を若干引き攣らせたが、嫌々そうに羽扇を持ち上げた。

間合いを意識しろと言うなら、――これならどうだ。



「…また性懲りもなく間合いを詰め――!?な、何を、」

ぐん、と飛び込んだ眼前、槍を右手に握り締めたまま両腕を広げ仲達を羽交い締めにする。
目に見えて表情を狼狽えさせる仲達ににやりと笑い、背中に回した腕に更に力を込める。何だこいつ細いな、とどうでもいい感想が頭を掠めた。

「なっ、何を考えて、は…離れぬか馬鹿めが!」
「仲達、」

捕まえた、と言って頭を大きく後ろに振る。
何故かやにわに赤くなった仲達の顔も気にせず、その額に勢いよく頭突きを食らわせてやった。




痴れ事など知るものか




あの後、額を赤く腫らした仲達に膝詰めで延々説教を食らったが、私は久々に一本取れたので大満足だったのだ。顔までも赤くして、抱きついて動きを封じ込めた私の行動を怒鳴る仲達の声など右から左である。



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