私達は正反対だ。重なるところも無ければ交わるところも無い。あいつはいつだって私に持てるはずのないものばかり手にしていて、それに引き換え私の手にあるのは捨てたいものばかりだ。
なのに、あいつは私のことが好きだと言う。
私には到底真似できない、溌剌とした声であいつが私の名前を呼ぶ度、私は自分を嫌いになる。
それこそ馬鹿げたことだと自分でも思うのだ。
「――お前また倒れたのかよ」
「…今日は別に倒れたわけじゃない」
ぶすくれながらぼそぼそと言うと、甘寧は、ふーん、と適当に返して、寝台から起き上がった私を眺めた。
私は睨み返して掛け布を握り締める。外気に晒されていた表面はいつも冷たい気がしてあまり好きじゃない。
「どうせほとんど何も食ってねぇんだろ」
「…」
図星を言い当てられ目を伏せる私に、甘寧は脇に置いていた紙の包みをやたらとがさがさ言わせながら探り、何かを取り出した。大きくてごつごつとした指に摘ままれた小さな干菓子は今にも崩れてしまいそうで、まるで壊れ物を扱うかのように甘寧はそうっとそれを私の膝の上に置いた。
「…干菓子」
「とりあえずなんか口に入れとけ」
「…甘寧いつもこれだよね」
「うっせ。甘いもんなんてそんぐらいしか知らねぇんだよ」
真っ先に嫌味を言ってしまう自分に自己嫌悪する。
普段、甘いものをほとんど口にしない甘寧は、私が何を言おうとこれしか買ってこない。確かに甘いけど味はないし、そんなに好きってわけではないけど、調子が悪くて食欲が無いときでも私は甘いものなら食べられるということを甘寧は知っているのだ。悔しいことに。
俯いたまま甘寧に、ありがと、とぼそぼそ言うと、いつものことだからな、と甘寧は言った。
そんな優しい声で言われたら、どうすればいいか分からなくなる。思ったことを素直に口に出す甘寧は思わず歯噛みしたくなるほどに真っ直ぐだ。私はそんなこと到底できない。
この呉の国でもいろいろな意味で有名な破天荒男甘寧と、将ではあるが極端に身体の弱い私はまるっきり正反対のいきものだ。
絶対に交わるはずのない私達の世界が繋がったのは、もう随分と前のことで、甘寧が仲間になってまだ日も浅かった頃だったと思う。
(不本意ではあるが)いつものように医局に世話になり、室の寝台に臥せっていたとき、それはそれは無遠慮に医務室に姿を見せたのが甘寧だった。何故そうなったのか皆目見当もつかないが、宮の中庭にある木から落ちたという甘寧は腕から血を流しており、そのくせ全く平気な顔でその腕を振り回していた。
寝台にいた私に気付いた甘寧はこともあろうか、どこの女官か、と口にしたのだ。あまりに細くて白く、自分と同じ将だとは露ほども思わなかった、というのは後から聞いた話である。妙に腹立たしいが、自分の身体について否定できる部分はないので文句は言えないままだ。
それ以来、甘寧は自分と対極にいる私に興味を持ったのか関わってくるようになった。
「……甘寧さぁ」
「ん?」
干菓子をゆっくり口に運び、曖昧に目をそらしながら掛け布を指でいじる。
甘寧は寝台の横に引っ張ってきた椅子の上で器用にあぐらをかいて座りながら私に目を向けた。
「こないだ、私のこと、好きって言ったよね?」
「…本人にそんな直球で聞くかねお前」
「だ、だって今まで全然人と関わってこなかったからどうしたらいいのか、」
上擦った声で慌てる私に甘寧はちょっと苦笑を溢す。別にいいけどよ、と言った甘寧の優しい声に私はまた目を伏せた。
「私達、こんなに正反対なのに、甘寧が私のこと好きっていうのが分からない」
私は、酷いことを言いながら泣きそうになっている自分が堪らなく醜いと思った。
面倒見がよく社交的な甘寧に比べて、身体が弱いからと戦以外では引きこもり人と関わろうとしない根暗な私。分かっている、これは単なる劣等感だ。
「確かにな、俺達は正反対だ」
甘寧の声がした。よく通るその声にすら頭をもたげる卑屈な気持ちにやるせなくなる。
「何もかも違う。全部反対だ。でもな、だからこそ俺たち以上にはまり合う人間はいないんじゃねぇか、ってな」
「…何それ」
「お前の、自分に自信無くて素直になれないとこも、正直に言えなくてすぐ後悔するとこも、」
堪えきれず、そろりと目を上げ、捕らえられた瞳に泣きそうになる。全部、ばれているらしい。優しい目で私を見ないで欲しい。
「俺には無いから、そんなお前はすげぇ、…可愛いと思う」
そんなの、そんなの、
「…ずるい」
「あ?何がだよ」
顔を見てられなくなって俯いた私に甘寧はちょっとだけ楽しそうな声で詰め寄ってくる。
唸りながら、握り締めた布を顔まで持っていくと甘寧は茶化すように、顔真っ赤だぜ、と言った。
「う、うるっさい!」
「分かりやすいなお前」
「だからうるさい!」
振った私の拳を甘寧は、ひょい、とかわして、笑いながら干菓子を摘まみ口に入れた。そして、甘ぇ、と呟いて眉間に皺を寄せる。
全然治まらない心臓の音がなんだかすごく悔しくて、私は膝の上に散らされていた小さな干菓子の粒を一気に二個口に放り込んだ。
そんな私に一瞬驚いた後、ものすごく優しい顔をした甘寧に、もっと心臓の音は大きくなり、私はもっと悔しくなった。
あまねくささやく