#社会人設定
私の恋は、いつも見ているだけだった。
相手の目線の先を追い、時にその先に誰かが映っていることに気付く。でも何もできず、見ているだけ。
その目線を思い切って横切ってみても、相手が私に気付いてくれることはない。私と同じで、真っ直ぐ見ている先に夢中だからだ。
賑やかな人と人との間を縫うようにすり抜けていく。楽しそうな笑顔をかわし、かつかつと鳴るはずのヒールは賑やかな声に簡単に押し負けた。
フロア中央に背を向けカウンターで飲み物をもらう。近くにいた見知った顔に声をかけられたが、にこやかに応じてさりげなく距離を取る。
グラスに口をつけてフロア中央のテーブルをちら、と見やり、視線の先の晴れやかな笑顔に無性にため息を吐きたくなった。
同窓会に淡い期待なんか抱いて来た自分が馬鹿だったのだ。
卒業以来になる大学の同期たちは皆一様にどこか大人びた風情を持っていて、数年とはいえ人間とは変化するのだと驚いた。その中で、陸遜は私が当時好きだった笑顔そのままにそこにいた。
大学時代、気が付けば目で追うようになっていたその人との再会にどこか高揚していたことは否めない。彼は変わらず物腰穏やかで優しくて、変わったことといえば――左手の一つの指にシルバーの環が嵌まっていたこと。
途端にすっと冷えた頭の中に、陸遜との会話を短く切り上げ背中を向けたのはほとんど無意識だった。
「――唯緋!お前も来てたのか」
ふいに掛けられた声に、ぼんやりとしていた意識を浮上させる。頭上に差した影に目を上げると、思わず声が漏れた。
「…朱然」
「久しぶりだな」
屈託なく笑うその顔に、笑った顔は朱然も学生の頃とあまり変わらないな、と思った。私も口元を緩めて笑い返す。
「本当だね、久しぶり」
「たまには連絡しろよ。飯でも行こうぜ」
「うん。近いうちに行こっか」
得意げな笑顔で調子良く話す朱然は記憶の中と違わなかったが、随分とスーツが似合うようになっていた。やっぱり人は変わるものらしい。
と、急に上がった歓声に二人とも反射的に目を向ける。それはフロア中央からで、出所を視界に収めるなり私の胸が、きゅ、と締め付けられた。
仲間に祝福され笑顔で応じる陸遜の隣には、彼と同じ指に同じ環を嵌めた小柄な姿があった。
そっか。大学の頃から陸遜の隣にいた彼女は、これからも陸遜の隣で笑っているんだ。
なんだこの二度振られたような気分は、と心の中で呟きながら視線を戻すと、何だか苦い表情の朱然が私を見ていることに気付いた。
「…あのさ、私、大学のとき陸遜のことが好きだったの」
「……知ってる」
もう終わったことだしいいか、と前置いて口にした言葉に、予想外の返答が返ってきて思わず目を丸くする。朱然は相変わらず苦々しげな顔で目を足元に落とした。
「お前が陸遜のことばっかり目で追ってたのも知ってる。陸遜しか見てなかったのもな」
「…そんなに分かりやすかった?」
「違う」
「え、じゃあ何で」
「俺も唯緋しか見てなかったからだよ」
一瞬、フロアの喧騒が耳から消えた。
ちょっと待って、それってどういう、――そんな言葉は無意味だと途中で理解した。朱然は真っ直ぐに私を見つめている。
「朱然、」
「何回も言ってしまおうと思ったけどな。堪えてたんだ」
陸遜を追うのに必死で目線なんてこっちに向かないし。
朱然の言葉を信じられないような気持ちで聞く。だってそれは、私がずっと陸遜に思っていたことで、
「なぁ、陸遜のことはもういいんだろ」
「…う、うん」
「だったらこれからは俺のことだけ考えろよ」
燃えるような朱然の目に捕まえられたまま、背後にある壁に背中をつける。逃げられない。
私の目は、フロア中央に向くことはなく、ただただ目の前の朱然の一挙手一投足を追うばかりだ。
なら奪い去るだけ