「窓際の花を見て下さい。今朝、侍女が活けてくれたのよ」

綺麗でしょう?
そう続けて穏やかに笑う唯緋に促されるように、部屋の一角に置かれた花瓶を見やる。そこには彼女が好みそうな淡い色合いの花が収まり良く花弁を広げていて、今にも零れてしまいそうだった。
唯緋は花が好きだ。要らないと何度言っても、殺風景だと一蹴して俺の室にも花を飾った。いつしか何も言わなくなった俺に、唯緋はやはり嬉しそうに言うのだ。新しい花を活けたのだ、と。

「…少し風が出てきたな。窓を閉めるか?」
「いえ、もう少しだけこのままで」

俺の言葉に穏やかに笑った唯緋は、膝に掛けていた布をほんの少し自分の元へ引き寄せる。
開け放した窓の向こうには、淡く色付いた花をつけた木々が静かに揺れていた。

唯緋と初めて出会ったときも、彼女は確か花を抱えていた。
袖を捲り、装束の裾に僅かに土をつけて中庭から姿を現した唯緋の、不思議そうに俺を見たその目はずっと忘れない。名のある家柄の娘とは思えない出で立ちではあったが、話を進められつつあった婚儀に少し前向きになるくらいには、俺は一目で唯緋を気に入ったのだと思う。
そしてそのまま婚儀の話は順調に進み、恙無く俺と唯緋は夫婦となった。行動力のある唯緋を気に入ったらしい孟徳に、婚姻後幾度となくからかわれたのも今となってはどこか懐かしい。



「――あの花が散る頃、まだ生きているのであれば、近くまで行って見たいわ」

窓の外を見つめ、ふいに紡がれた唯緋の言葉に、ばっ、と目を上げた。

「そのような言い方はやめろ」

咎める口調になる俺をいなすように微笑んだ唯緋は、首を僅かに傾げて俺を見る。

「元譲様は優しすぎます」
「…何を」
「最期まであなたの側に居られる私は幸せ者ね」

それ以上は唯緋の口から何も言わせたくなくて、布の上に揃えられていた手を握る。簡単に折れてしまいそうな白い手は細く、冷たかった。
寝台の背に預けた身体を微かに動かし、隣に置いた椅子に座る俺の方を向いて唯緋はまた穏やかに笑う。

「元譲様」
「…昔、言っただろう。乱世の先で償うと。俺はまだ、お前の望みを叶えてやっていない」
「元譲様、私の望みはもう叶っているのです」

孟徳の天下をこの目で見るまでは、勝手を通すと言ってきた。だから、その先の約束をした。

大きく吹いた風に、窓際の花が揺れて花弁が一枚、静かに落ちた。
唯緋はもう一度、幸せなのだ、と言って笑った。




いつかの終わりを知るとき



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