#大学生設定
少しひんやりとした天板に顎を乗せ、くあ、と欠伸を一つ漏らす。背中にわずかに当たる冷気に身を揺らし、膝までだったこたつ布団に肩まで埋めた。さむ、と呟きながらこたつの中で手をさすっていると、後ろから呆れたような声がした。
「…寒いなら早く帰りゃ良かっただろ」
振り返る私の横を通りすぎ、こたつ机の上に鍋をどんと置いた張苞が溜め息を一つ吐く。あーあ幸せ逃げてった。張苞彼女居ないくせに。
乗せられた鍋の重みでカセットコンロが小さく軋んだ音を立てた。
「だって今日が年内最後のバイトだったから」
「だからって店の前で喋ってたら体冷えるに決まってんだろ。風邪引いたらどうすんだ」
だって、と呟いてから黙り込み口を尖らせた私に、張苞は頭をがしがしと掻いて少し怒ったような顔をした。注意をする口調ながらもその顔は気遣わしげなものだから、なんともいえない安心感にいつものように私は溶かされてしまうのだ。
「…ごめん」
「…まぁ、良いけどな。ちゃんと暖まれよ」
「うん、ありがとう」
こたつの中で体をもぞもぞと揺らしながらお礼を口にすると、張苞はいつもの人好きのする顔でにかっと笑った。そのまま頭を混ぜるように撫でられる。
最近こんなとき、安心に包まれる反面、何だかもやもやした感情が心の中で渦巻く。関興やらと同じ括りにされてないか、これ。
「というか、疲れてんだろうし自分家帰った方が楽じゃねぇのか?」
「ご飯作るのしんどいじゃん」
「…お前、俺にたかりに来ただけか」
「張苞はちゃんと晩ご飯作ってるだろうなーって思って」
ジト目で私を見る張苞をさくっと無視して鍋の蓋を開ける。ふわりと部屋に広がった湯気と良い匂いに思わず感嘆の声を上げた。
はしゃぎながら目を上げると、張苞はまだ少しむくれた表情のまま私を見ていた。それが何だか可笑しくて、笑いながら自分用の箸を取る。
「嘘うそ、それだけじゃないって」
「…ほー」
「今年の最後に張苞に会っておきたかったから。だってさ、年が明けたらまた学校始まって忙しくてなかなか会えないし。しかもその間に張苞に彼女なんかできてたらショックで絶対顔なんて合わせられな……」
ふと、張苞の異様な静けさに気がついて、私は言葉を区切った。
鍋の中身に気をとられて、思ったことを随分とそのまま口にしていたような、と思いながら目を上げる。
瞬きもせずに私を真っ直ぐ見つめる張苞と目が合い、射止められたかのように身体が硬直した。え、何。私何か変なこと言った?
ついさっき口にしたことをよく回らない頭で反芻する。そして、――は、と気付く。
張苞に彼女ができたら、私は、――何て言った?
「――あ、か、帰る!」
一瞬で上った熱を自覚したくなくて、上擦った声で叫び立ち上がろうとした。しかし、それは叶わなかった。
腰を浮かしかけた私の腕を、反射のように捕まえた一回り大きな手は簡単に私の動きを封じ込める。恐る恐る顔を上げて、すぐに後悔した。
「…それって、俺にも可能性があるって思ってもいいのか」
真剣な張苞の目は、決して私を逃がしはしないと言っているように見えた。
逃げんなよ、と熱っぽい声で言われてしまえば、私は完全に逃げ道を失ってしまった。
そろそろ手を取って眠りにつきたい