もう思い出せない昔から、わたしは梵天丸さまといつもいっしょだった。
おしろのお庭でおいかけっこをしたときも、雨の日にかるたあそびをしたときも、義姫さまがくれたおかしを食べたときも。
梵天丸さまが病気になったときは長いこと会えなくて、そんなにもいっしょにいられなかったのははじめてだったからわたしはすごく悲しかった。
病気がなおった梵天丸さまは右のおめめがなくなってしまっていたけれど、わたしはちっともいやじゃなかった。また梵天丸さまといっしょにいられるならそれがわたしにとって一番しあわせなことだった。そう言うと、梵天丸さまはなにも言わずにわたしをぎゅうっとした。なんだか心のぞうがしめつけられるみたいにどきどきした。
だけど、おとなになるまで梵天丸さまとはもう会えない、とこわいかおをした父上に言われたのだ。それが三日まえのこと。
わたしは泣いて、いやだ、と言ったけど父上はけっしてゆるしてくれなかった。
また前みたいに会えなくて悲しいきもちになるのはいやだ。おとなになるまでって、いったいいつまで。梵天丸さま、梵天丸さま、
かんがえてかんがえたすえ、わたしは梵天丸さまに泣きながらじぶんのきもちを言った。
おとなになるまで会えないのなら、いっそ今すぐおとなになりたい。
梵天丸さまはかおを、くしゃり、とさせて、泣きつづけるわたしの手をとっておくのへやにつれていった。おしろの中の人のこえもまったくきこえないしずかなへやで、梵天丸さまはわたしの手をはなしてふりむいた。梵天丸さまも泣きそうなかおをしていた。
わしが唯緋をおとなにしてやる。
そう言った梵天丸さまのこえが、しずかなへやに小さくひびいた。
「梵天丸さま、」
「なんじゃ、わしの言うことが信じられんのか」
きもののむすび目をにぎったまま、どうしても勇気が出なくて梵天丸さまを見ると、ほっぺたをすこしだけ赤くしておこったようなかおをされた。
「…だって、はずかしい」
「は、はだかにならねばならぬのだから仕方ないだろう」
「だれから聞いたのですか?」
「……えぇい!おとなになりたいのではないのか!」
それはそうだけど、と小さなこえでもごもごとすると、梵天丸さまはかおを赤くしたままなにか決心したかのように、きものをぬいだ。びっくりして固まるわたしに、真剣なかおで、わしは唯緋とおとなになりたい、と言った。
また心のぞうがどきどきとうるさくなる。わたしは思いきって、ふるえる手できものをぬいだ。
梵天丸さまはわたしのからだをじぃっと見た。わたしも同じように梵天丸さまのからだを見たけど、すぐにはずかしくなってたたみに目をおとしてしまった。
「唯緋」
ふいに名前をよばれ、おそるおそる目を上げて梵天丸さまを見る。
梵天丸さまはまっすぐにわたしを見つめていて、そのままゆっくりわたしに近づいてきた。
あ、という間に手をにぎられた。
肩がびくりとはねてしまったけど、梵天丸さまの手はあたたかくて、やさしくて。それがうれしくて、わたしはぎこちなく梵天丸さまの手をにぎりかえした。
「唯緋」
「…はい」
「わしとずっといっしょにいろ」
「はい」
梵天丸さまは、前みたいにわたしをぎゅうっとした。
ぴたりとくっついたからだは、手と同じくらいあたたかくて、わたしはまたなみだが出てきてしまったのだった。
***
すぱんと勢いよく開かれた障子に、はっ、と記憶の奥から意識を戻す。
目を上げると、不機嫌を露にした左目に見下ろされた。
「…よりにもよって今、別のことを考えるとは良い度胸じゃな」
拗ねてる子供みたいな口振り。そんなところは幼い頃から変わっていないらしい。
むっつりしたままの彼に小さく笑って口を開く。
「政宗様のことを考えていたのです」
「…ふん」
「幼い頃、大人になりたいと政宗様に駄々を捏ねた日のことを思い出して……大丈夫ですか」
敷かれた布団に腰を下ろそうとしていた政宗様が盛大に足を捻って膝からこけた。
足の痛みに悶絶しているらしい政宗様に思わず笑いを漏らすと、ぎろりと睨まれた。しかし耳が赤いので全く怖くはない。
「…何を、」
「あの日、なぜ政宗様は大人になる方法をご存知なのかと不思議に思っていました」
「えぇいやめんか馬鹿め!」
顔を真っ赤にして怒鳴る政宗様に堪えきれず吹き出すと、さらに顔を不機嫌に染め、ぐいと横を向いてしまった。
障子の外、離れた廊下の先で控えている侍女にまでさっきの政宗様の声が聞こえたかもしれない。それは少し嫌かもと思いながら、私は姿勢を正して政宗様を見つめた。
「政宗様とまたこうしてお会いできること、焦がれておりました」
不機嫌そうな顔のままだったが、政宗様は私に目をやってくれた。そんな小さな仕草一つに、胸が引っ掻かれるような感覚を覚える。
「ふつつか者ではありますが、どうか末永く一緒にいさせて下さいませ」
三つ指をついて頭を下げると、唯緋、と名を呼ぶ声がした。顔を上げると政宗様が思っていたより近くにいて、ぐいと腕を引かれる。
そのまま倒れ込むように政宗様の胸に身体を預けると、背中に回った逞しい腕にぎゅうっと抱き締められた。
昔より広くなった胸に頬を寄せて、大きな腕の力に何故かひどく安堵する。きっと、政宗様に抱き締められたあたたかさが昔と何一つ変わらないからなのだろう。
初めてじゃないけど優しくして下さい、と言うと、また不機嫌な顔になった政宗様に半ばやけのように荒々しく押し倒された。
青の果実