#大学生設定



「ねー馬岱。何とか言ってきてよあんたの従兄弟でしょ」
「えー、若の女性関係まで責任持てないよ俺」

まぁそりゃそうだ。
頬杖をついて前を眺める私に、隣の席に座る馬岱はルーズリーフの端に落書きをしながら事も無げに応える。私の目線は斜め右最前列に固定されたままだ。

「…やっぱ明らかにグロスついてるよね馬超」
「…そうだね」

二人同時に溜め息を吐く。
遅刻間際に滑り込むように講義室に現れ急いで一番前の席に腰を下ろした馬超は、斜め後ろからの横顔でも分かるくらいの痕跡を唇に残していた。奴と二人暮らしの馬岱曰く、昨夜は飲み会だなんだで家には帰ってこなかったらしい。
何故遅刻ギリギリだったのかなんて、ある意味分かりやすすぎて聞きたくもない。

「あんだけ派手についてるってことはかなり激しめの…」
「やめてよ!身内のそういうの想像させないでって!」
「あ、ごめんつい」
「…唯緋も女の子なんだからそういう勘繰りは心の中だけにしなよ」
「はーい」

あきらかに心の籠っていない返事を馬岱は気にも止めず、落書き作業に戻る。私はつまらない講義を聞き流しつつまた馬超に目をやった。
ほんの少し後ろ髪が跳ねている。よっぽど慌てて来たらしい。しかし真剣に教授の話を聞くその横顔は、確かに男前っちゃ男前だ。ときめきもしないけど。

「…ねぇ唯緋」
「ん?」

ふいに名前を呼ばれ、隣の馬岱に視線を移す。馬岱は落書きの手を止めて、私と同じように頬杖をつきながら私の顔をまじまじと見つめた。何だ一体。

「そういえば唯緋はグロスとかつけないよね」
「え?…あぁ、まぁ」
「なんで?」
「んー、唇に何かが塗られてるって感覚が苦手でさ」

苦笑した私に馬岱は、ふぅん、と瞬きを数回して首を捻った。

「あ、でも薬用のリップは塗るよ。乾燥とかで唇が荒れるから」
「へぇ。…あ、ねぇ唯緋」
「ん?」

何が楽しいのか満面の笑みを浮かべて少し私の方に身を寄せた馬岱に、私は反射的に及び腰になる。しかし馬岱は気にした様子もなく続ける。

「俺も唇荒れやすくってさぁ。今もカサカサなのよ」
「…あぁ、確かに」
「でしょ?でさ、唯緋とちゅーしたらちょうどよくなると思わない?」


「…なに、馬岱もついに脳味噌ふやけちゃったの?従兄弟の馬鹿がうつったの?それとも馬一族は馬だけにみんな馬鹿なの?」
「この扱い!」

何が、俺傷付いたわー、だ。しかも大学生の男が、ちゅー、とか可愛くないから。だいたい何がちょうどよくなるというのか。意味分からん。
だからさりげなさを装って机の下で手を握ってくるな。なんだその得意気などや顔は。せんせー、ここに授業を全く受ける気のない生徒がいまーす。
あとなんか急に暑くなったんで空調強くしてもらっていいですか?




夏陰メランコリー



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