「っわ、」
突然飛んできた水滴に反射的に顔を避ける。
手を払いながら目を開けると、身体を濡らしたまま慌てたような顔をする典韋殿がいた。目をこれでもかとかっ開いて、まるで仁王像のようだ。
「す、すまねぇです唯緋殿!」
どかどかと大きな音を踏み鳴らして駆け寄ってきた典韋殿は余程焦ったのか、片手に井戸の手桶を掴んだままだ。大きな体を縮こませるようにして私を覗き込む顔には水滴が伝っては流れている。
ふむ、と一人納得した私に典韋殿は困惑気味に首を傾げた。
「前を見ずに角を曲がった私も悪いのです。気にしないで下さい」
「で、でも…」
「この暑さですものね。私も行水したいくらいです」
私の言葉に少しだけ照れ臭そうに笑った典韋殿は、すぐまたバツが悪そうな表情に戻った。
「わしが浴びてた水が掛かったなんて申し訳ねぇ…」
「え?別に気にしませんけど」
「…え、や、申し訳ねぇです!」
赤くなったり青くなったり忙しい典韋殿を眺めながら応えると、典韋殿は私からそろそろと目をそらす。その仕草がなんだか子供のようで思わず笑うと、典韋殿は少し困ったような顔をした。
と、ふいに何かを思い出したように典韋殿が井戸へと向かう。
「――これ、使ってくだせぇ」
差し出された典韋殿の大きな手に目をやる。そこに握られていたのは、――どこか可愛らしい色合いと模様の入った手拭いで、私はつい目を丸くしてしまった。
自分で買ったのだとしたら、さっきのことも合わせて、典韋殿は私よりもよっぽど乙女なのではないだろうか。
そんな私の表情に気付いたのか、慌てたように典韋殿が口を開く。
「あ、これは郭嘉の旦那から頂いたもんです!要らなくなっちまったからとか、なんとか…」
「…あぁ、なるほど」
誰かに贈るつもりだったのか、はたまたもらった相手とは一夜限りだったのか。
あまり知りたいとも思わない出所のことはとりあえず頭の隅に追いやり、手拭いを見やった。
なかなか受け取らない私に、典韋殿は不思議そうにまた首を軽く傾げた。
「典韋殿の方がびしょびしょじゃないですか。私は大丈夫ですから使って下さい」
「え、へ?」
「ほら、服濡れちゃいますよ」
きょとんとなっていた典韋殿から手拭いを取り、背伸びをして滴が流れる額を拭うと、典韋殿が肩を、びく、と跳ねさせた。
その反動でまた水滴が飛び散る。
「あ、や、す、すまねぇです!」
「…典韋殿、大きな犬みたいですね」
堪えきれずに笑いながらそう言うと、典韋殿は呆気にとられたように瞬きをして、そしてみるみる真っ赤になった。犬の次は茹で蛸らしい。
何だか愉快になってきた私は、逃げないようにと典韋殿の腕を片手で掴んだまま典韋殿を拭いてあげることにした。観念したらしく身を小さくする典韋殿の眉は見事な八の字だ。
こんな暑い日も悪くない。
かわいいかいじゅう