「手や指についた傷跡からその人の人生が占えるそうですよ!」
知ってましたか周泰殿!、と言いながら満面の笑みで両手を差し出す。
自分に向けられた私の手のひらに視線を合わせ、周泰殿は表情をぴくりとも変えずに口をうっすら開いた。
「…いや…」
「そうですか。でしたら是非周泰殿の手を占わせて下さい!」
そう言って差し出した両手を掲げるように更に周泰殿に近づける。周泰殿はそれはそれは背が高いので小さい私にはこれくらいでいいのだ。
周泰殿はゆっくりと一度だけ瞬きをした。(困惑しているらしい)
ここは押しの一手が肝要だ。
「先日、殿の手も占わせて頂いたのです!とても興味深いと仰って下さいました」
「…孫権様…が…」
「はい!」
「……では…」
若干躊躇いがちにその大きな右手を掲げたままの私の両手に預けてくれた周泰殿に、心の中で勝ち鬨を上げる。
では失礼して、と手に取った周泰殿の指は太くごつごつとしていて、豆の潰れた跡や傷の治った引きつりでいっぱいだった。
戦う人の手は、筆や竹簡ばかり握る文官の私のちっぽけな手とは比べ物にならないほどの重みを感じるようだった。
「…それにしても周泰殿は指先まで傷跡だらけですねぇ」
「…あぁ…」
「でもこの傷一つ一つが、殿を守り呉の国を守って下さったものなんですよね」
「……」
しみじみと溢した私の言葉に、預けたままの手も表情も微動だにさせなかった周泰殿だったが、纏った空気がほんの少しだけ居心地悪そうなものに変わる。
周泰殿は無口だが、とても雄弁な心を持っておられるのだ。
「周泰殿」
「…何だ…」
「申し訳ありません。私、先程嘘をつきました」
「……?…」
私の言葉に、周泰殿はほんの僅か眉間に皺を寄せる。
「確かに、手の傷跡の占いはございます。その話を殿が興味深いと仰って下さったのも本当です」
「……」
「ですが、私はその占いのやり方を知りません」
そっと、大きな手から目を上げて周泰殿の顔を見つめる。
「周泰殿の手に触れたかった、と申せば、お怒りになられますか」
ぴくり、と小さく跳ねた周泰殿の指から手を離し、踵を返す。
みるみる熱くなる頬を冷まそうと速くなる足取りをそのままに回廊を進む。
辿り着いた自分の執務室に飛び込むなり勢いよく扉を閉めその背に凭れ込んだ。
ずるずると崩れていく足。熱の引かない顔。
「(自分から牽制仕掛けといてこれじゃあ駄目じゃない…)」
我ながら、前途多難だ。
熱風にエスケープ
(…おい、周泰?)(……!…)(っておい!…行っちまった。何だぁあいつ赤い顔して固まって。熱でもあったのか?)