#仲権くんシリーズ
背筋を伸ばして毅然とした空気を纏いながら春の寒空の下を歩く。桜はもう散り始めているというのに、今日はどこか寒い。これが花冷えというやつだろうか。
昨日は暖かかったというのに、何も今日急に寒くならなくたって。天気に八つ当たりしても虚しくなるだけなのだけど。
仲権と付き合い出したのは高校のときだから、それから今日で丸二年。大学生になって初めての恋人らしいイベントだと。
子どもみたいに無邪気にはしゃぐのは理性が歯止めをかけるにしても、淡い期待を抱いていたのは当然のことだと正当化させてほしい。
でも、日が近づいて仲権から切り出された、部活入った、という言葉に、私は勿論不満なんか上げられるわけが無かった。本当に申し訳なさそうな顔で、彼は無意識に残酷だ。
結局、私も勝手にむくれて二人の記念日の今日にバイトを入れたため、10時44分現在、駅への道を歩いているという次第。
大学生になっても部活漬けの毎日を送る(スポーツ推薦だったわけだし仕方ないんだけど)あいつに、本当は、バカ、ぐらい言ってやりたい。
ぐるぐると沈下していく思考に軽く息を吐く。やめだやめだ、こんな疲れてるときに。
――と、足元から上げた視界に、見慣れたシルエットが映った。
あ、と、風に吹かれ掻き消された私の声の向こうがゆっくりと鮮明になり、足が止まる。
私に気づいたらしいその姿が、見慣れた足取りでこっちに歩いてきながら、少し寒そうにジャージの襟を詰めた。
「――お帰り」
私の前で足を止めて、穏やかな顔でそう言った仲権の鼻の頭がほんの少し赤くなっていることに、私はすぐに気がついた。
「…ただいま」
「おー」
帰るか、と言って駅に踵を返した仲権の背中は、どこか照れているように見えた。
***
「――次の電車まであと結構あるな」
「ん、」
「バイト、いつもこのぐらいの時間まであんのか?」
「え?あぁ、まぁ…11時近いときもあるけど…」
「…そっか」
人影もないホームで色褪せたベンチに並んで腰掛けながら、仲権は少し憮然とした表情で時刻表を眺める。(大学生だしこのくらいの時間は別に珍しくないと思うけど、という言葉は勿論飲み込む)
「仲権、今日は部活あったんじゃないの?」
「ん?あぁ。終わってから来た」
「…えーと、何時、に終わったの?」
「んー、8時くらいか?その後に練習の相談とかしてたから、学校出たのは9時とかだったかな」
仲権が何でもないように言った言葉に思わず、は!?、と素っ頓狂な声を上げてしまう。仲権は驚いたように目を丸くして私を見たが、問題はそんなことじゃない。
「9時って…、……もしかしてそれから今までずっと、駅で待ってたの?」
私を、とは、何故か気恥ずかしくて言えなかった。
仲権は、きょとん、と私を見て、口を開いた。
「そうだけど」
「そうだけど、…って…」
嘘、何で。
真っ赤になって俯いた私の頭上で、バイトだから仕方ないけどこんな遅くに一人で外を歩くのはなんか…、とか見当外れなことを仲権が言っているのが聞こえた。
あぁ、もういい。
「…何で待っててくれたの」
顔を上げた私に、仲権は居心地悪そうに視線をそらしながら首の裏を掻く。
今なら、仲権が何を考えているか分かる気がする。
「…今日は、ほら、記念日だろ」
非常に言い難そうに眉間に皺を寄せて、ぼそり、とそう言った仲権の、髪から微かに覗く耳がほんの少し赤くなっている。
「やっぱさ、特別なもんは大事にしたいから」
仲権はずるい。そして、無意識に残酷なのだ。
「唯緋に会いたかったから、来た。――それだけ」
今だって、こんな言葉一つで簡単に私の心まで丸ごと奪っていってしまうのだから。
言いたいことを言い切ったらしく、少し緊張が解けたようにはにかんで私の右手をゆっくりと握った仲権の指は冷たくて、でも、私は簡単に何も考えられなくなった。
電車が来なければいいのに、と、らしくもなく思った。
きっと夜は越えなくてもいい