平常心、平常心。
何度も頭の中で呟きながら、無意識に速くなる足の運びを必死に抑えて回廊を進む。あぁ、私は普段どのような歩き方をしていただろう?意識などしたことが無いのだ、勿論分かるはずもない。
いや、何をそんなに気にすることがあろうか。昨日までと何も変わらない。今日も至って同じ日だ。少なくとも私の周囲にとっては。
…いや、王元姫殿などは御存知かもしれない。あの方は聡明で物知りな方であるから。しかしそうなるといささか癪だが司馬昭殿も知っているのでは……、
いかん、やめておこう。また歩幅が心なしか大きくなってしまっている。不自然なことなど一切感じられ無いようにせねばならない。
今朝はたまたま城下に下りる用があって、前を通ったとある露天でたまたま愛らしい髪飾りを見つけ、それがたまたま彼女に似合いそうな物であっただけのことだ。そう、全ては偶然なのだ。
装束に隠すように右手に包み込んだそれを、ちら、と見やる。――あぁ、いかん。首が熱い。
慌てて目線を上げ、軽く頭を振って熱を逃がす。
回廊の先に、中庭を眺めながら歩く彼女の姿を見つけた。心拍が音を一つ外したように跳ねるのをまた必死で抑え込む。
無意識に口を真一文字に結んだまま回廊を進むと、私に気付いたらしい彼女が私を見て笑みを浮かべる。その笑顔に口の端を持ち上げてなんとか笑みを返す。
「――諸葛誕殿、こんにちは」
「あ、あぁ」
「どうかされましたか?」
「いや、……あぁ、まぁ、」
開いた唇は震えなかっただろうか。
彼女に伝えたい言葉だけでも、せめてきちんと紡げられれば良いのだが。
眠らぬダイヤモンドを添えて
他でもない貴方が生を受けた日なのだから、私にとっても特別な日なのだ。
――そんな台詞を私が口にできるようになるのは、きっとまだまだ先の話だろうから。