#社会人設定
「月月火水木金きーん…」
最近耳にした有名な戦中歌を口ずさんでいたら、斜め前のデスクでパソコンに向かっていた顔が露骨に嫌そうに私を見た。
そんな顔しなくてもちゃんと仕事片付けてますよ。ご心配なく。くそう。
「…何を言っている」
「いえいえ何も。いつも通りやっさしい先輩に言われて休日返上で仕事してるだけです」
「私が残した仕事ではない。司馬昭殿め…」
眉間に皺を寄せ、鍾会さんは唸るように言った。まぁそうだろう。この先輩は偏屈だけど無茶苦茶な要求などすることはないし、なんだかんだ有能でプライドが高いので自分の仕事を残したりあまつさえ後輩に手伝わせたりはしない。
多分(てか十中八九)、上から軽い流れで押し付けられたんだろう。相変わらずこの先輩の性格をよく理解している室長だと感心する。めんどくせ、が口癖の室長もなんだかんだ言いつつ有能なのだ。
でも文句を言いながらも、私自身この気難しい先輩と二人で奉仕残業をするこの時間が嫌いではなかったりする。
「…よし」
「え、鍾会さん終わったんですか」
「ふん、当然だね。お前はまだ終わらないのか?」
「あともうちょっとです」
「早くしろ」
「先に帰ってくださって結構ですよー」
どうせこの会社オートセキュリティだし。という言葉を添えながらキーボードを叩く。
すると何故かしばらくの沈黙。ん?、と思って画面から目を上げると、鍾会さんはあからさまな咳払いをした。
「こ、後輩の上がりを見届けるのも先輩の仕事だろう」
「え、普通逆では」
「…う、煩い!終わったのか!」
「はいはい、終わりました…よっと」
何故か挙動不審気味に上ずった声でかみつく鍾会さんを受け流しながら、保存ボタンをクリックする。ちゃんと保存されたか確認して、パソコンをシャットダウンさせた。
「…」
「…?鍾会さん?」
「は、早く帰り支度をしろ」
「はぁ」
「…」
「…」
なんだこの時間。鍾会さんはなんともいえない緊張感を漂わせていて、一体何事かと訝しむ。
「…唯緋」
「え?はい」
「腹は空いているか」
「…へ?」
突然投げ掛けられた言葉に呆気にとられていると、鍾会さんは眉間に皺を寄せて少々苛立ったようにせかせかと私のデスクの側までやって来た。
「…こんな日に仕事に付き合わせた礼だ、来い」
「え、あ、」
「早くしろ。私を待たせるな」
ふん、と鼻を鳴らし、鍾会さんは不自然に私から目をそらしつつ事務所の扉を開ける。
とてつもない早足で前を行く鍾会さんの耳を染める朱色には気づかないふりをすることにした。鼻につくことも多いが、分かりやすくて憎めない先輩との微妙なこの関係が今は心地好いのだ。
下に心で恋になる