#夏侯覇視点



いつもの軍議が終わり、穏やかな喧騒のなか皆三々五々に立ち上がる。足早に広間を後にする人、誰かと立ち話をする人、そりゃ色々だ。
そんな中、俺の隣にいた父さんと張コウ殿の前に、少し躊躇いがちに唯緋が姿を現した。まぁ唯緋が父さんや張コウ殿に話し掛けるのは珍しいことじゃない。俺とガキの頃からの昔馴染みである唯緋はそれと同時に父さんや張コウ殿ともそれなりに親しいからだ。
ただ、今日はその表情が珍しく遠慮がちな、どこか思い悩んだ風で思わず俺は目を丸くした。

「あの、張コウ殿」

唯緋は張コウ殿に用があったらしい。思い詰めたような目に、張コウ殿は心配そうにちょっとだけ眉を下げて口を開く。

「どうしたのです?何か悩み事ですか?」
「あの、…張コウ殿にお願いしたいことがありまして」
「私に?」
「はい」

覚悟を決めたように頷く唯緋に、張コウ殿は真剣な顔で、私にできることなら、と続きを促す。二人して真剣な顔をしているため、なんとも言えない緊張感がその場に走る。



「今日、張コウ殿の湯浴みにご一緒させて欲しいのです」



は、と思わず声が漏れる。
父さんは持っていた竹簡を落とし、たまたま後ろを通っていた伯父さんが物凄い勢いで噎せた。

「おいおいおい何言ってんだ唯緋!?」
「このような場でお前は何を…!?」

慌てふためく父さんと伯父さん(顔がどことなく赤いがそれを上回るほどに表情が恐い)に、思わず張コウ殿の表情を窺う。
呆気にとられたように目を丸くしていた張コウ殿に、唯緋は更に続けた。

「張コウ殿の肌や髪は本当に綺麗です。女の私はとてもじゃありませんが敵わない。その秘訣を教えてくれませんか」
「…秘訣、ですか」
「はい。張コウ殿は美しいものが…その…、お好きだと。わ、私も努力をせねばと思いまして、」

早口に言い募る唯緋の顔が真っ赤に染まる。それを張コウ殿は黙って見つめたままだ。
おいおい。最近なんとなく思ってはいたが、まさか唯緋のやつ。

「――その必要はありませんよ」

空気を破るように響いた張コウ殿の声に、唯緋の肩が小さく跳ねた。そんな唯緋を見下ろす張コウ殿の目は果てしなく優しげだ。

「そのようなことを気にしなくとも、唯緋は充分美しい」
「いえ、そんな、部隊の仲間に言われたのです、女らしい美しさを捨てている、と…」
「そう言った者に本当の美が見えていないだけです」
「張コウ殿、」

唯緋の髪を優しく撫でて笑う張コウ殿に、唯緋はまだ赤い顔のまま少し恥ずかしそうに目を伏せる。そして目を潤ませて張コウ殿を見つめた。
何だその顔。今までお前と一緒にいて初めて見たぜおい。

「そうですね、ならば、肌や髪の特別な手入れの仕方を教えましょう」

あなたには本当は必要ないものですが、と言いながら唯緋の腰に手を添えて促す張コウ殿に連れられるまま、唯緋はその場を後にした。それはそれは幸せそうな蕩けきった顔で。
取り残された俺、父さん、伯父さんの間に非常に微妙な空気が流れる。

「…何だったんだ今のは」
「いやまさか唯緋が張コウのことをそんな風に思っていたとはなぁ…唯緋は息子と良い感じになるんじゃないかと内心期待してたんだが」
「いやいやいや父さん何それ初耳」




こぼれた蜂蜜の行方は




後日、嬉しそうに頬を染めた唯緋から「張コウ殿が一緒に湯浴みをして肌の手入れの仕方を教えてくれたの」と衝撃の報告を受けるのは、また別の話だ。



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -