#社会人設定



「次どうぞー」
「…あぁ」

濡れた髪を適当にタオルで拭きながら、よれたジャージの裾を引き摺り歩く。この所めっきり暖かくなり、お風呂上がりなら長袖のTシャツ一枚でも全然平気だ。むしろちょっと暑いかもしれない。
しかし、アイロン片手に私を見る目の前のこの男は何度言ってもそう思ってはくれないのだ。

「…早く乾かせ…」
「大丈夫だってば。体ポカポカしてるしさ」
「…湯冷めする」
「気にしすぎだよ。第一私そんなに髪長くないからすぐ乾くし」

ソファーに、よいしょ、と腰を下ろしテーブルに置きっぱなしになっていた雑誌を手に取る。
適当にページを捲っていると、ちくちくと突き刺さる物言いたげな視線を感じた。しばらく気付かないふりを決め込んでみたが、彼の忍耐力にいつものように私の忍耐力は負け、渋々目を上げる。
やけに小さく見えるアイロン台と、それに不釣り合いなでかい男。綺麗に畳まれたハンカチ。
というか、いつも思うけど何でそんなにアイロン掛け上手いんだ。孫権様とやらは付き人である彼にアイロン掛けもやらせているんだろうか。

「…周泰、心配が過ぎるって」

あと早くお風呂入りなよ、と続けた言葉は軽く無視された。

「…この時期は春冷えする……用心しろ…」
「もう、分かった。分かったから」
「…分かっていない…」

かけ終わったらしいアイロンを置き、周泰は大きい体を起こしてソファーに座る私の前まで移動した。見上げる首の痛さにちょっと顔をしかめると、それに気付いたのか膝立ちの体勢に腰を落とし(それでもまだ周泰の方が目線が高い)、私を見つめる。

「…唯緋が風邪を引いたら、困る…」
「…うつるから?」
「…俺は風邪など引かない…」

なんだそれ。
ちょっと笑いそうになったとき、まだ濡れたままの私の髪を周泰がそっとかき上げてきてびっくりして笑いが引っ込む。
大きな手のひらがほんの少しだけ耳に触れて、背中がぞわぞわとした。



「…お前が風邪を引いたら、制限されることが多い……察しろ…」



わざとかと言いたいほどに艶のある低音で呟いた周泰が、それこそあまり見せない色気を含んだ笑みをうっすら浮かべるもんだから、私は沸騰したように一気に顔が熱くなるのを感じた。
なんなんだ、もう!




煮詰めたハートは責任持ってご賞味下さい




穿き慣れたジャージと長袖Tシャツなんかじゃ暑すぎた。今すぐ全部脱ぎ捨ててあなたの胸に飛び込みたいけどいいから早くお風呂入って!



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