#大学生設定
窓からカーテン越しに柔らかく差し込む陽の光は朝の色をしている。
「景勝、お茶淹れたけど飲む?」
「…あぁ」
まだ眠たそうに眉間に皺を寄せて唸ったような声と共に軽く頷いた彼に、私は小さく忍び笑い。
景勝は湯飲みを傾けて、ふっ、と口元を緩めて口をつける。
今日のお茶は上手く入ったみたいだ。
物心ついたときからの付き合いである景勝と私の関係が、幼馴染みという一線を越えたのは高校三年の冬。そして大学四年の今では、私達の間には穏やかな空気が流れている。(ちなみに、もう一人の幼馴染みである兼続には年上のそれはそれは綺麗な彼女さんがいる。解せない)
大学生になって、家の仕事や社交場に顔を出しに行くようになった景勝はそれまでより格段に忙しくなり、マンションを借りて一人暮らしを始めた。セキュリティ万全高級高層マンション最上階だ。さすが上杉財閥の跡取りである。
入居と同時に渡された合鍵は、いつも私の鞄の貴重品ポケットに入っている。
「…ん」
「…?どうしたの?」
だし巻きを口に運ぶ手を止めて、景勝は突然震えたケータイを面倒そうに見やりちょっと顔をしかめた。
「…授業が休校になったと。今連絡が来た」
「あ、そうなの?…確か景勝、今日一コマだけだったよね」
「あぁ」
学校に行かなくてよくなったことで少し気が緩んだのか、景勝は綺麗な姿勢を少しだけ崩して椅子の背もたれに深く寄りかかり息をついた。
ここ数日、睡眠時間が少なかったらしく景勝は眠そうに目を細めてこめかみを軽く揉む。
「午後の予定は?」
「…2時から株主総会に顔を出す。1時には出ねばならん」
「時間あるしもう少し寝てきたら?お昼前に起こしてあげるから」
「ん…」
これを食ってから寝る、と言って私が作っただし巻きを箸で切りながら景勝は穏やかに笑う。ほんの僅かに緩んだ仏頂面に、彼が笑ったのだと分かるのは自惚れじゃなく私くらいだろう。
満ち足りた幸せを感じるのは、こんな何でもない瞬間だ。
「じゃあ私お風呂掃除やってていい?昨日、やってないでしょ」
「…昨日だけじゃ」
ちょっとムッとした景勝がおかしくて笑うと、彼は居心地悪そうに目をそらした。(照れ隠しだ)
ずっとお坊ちゃま生活をしていた景勝にお風呂掃除や洗濯機の使い方等を教えたのは私。手先があまり器用でない彼にはなかなか慣れないらしい。
「でも景勝が一人暮らし始めてから私、家事するの好きになったから家で重宝されるようになったの」
「…なんじゃ、それは」
箸を口に運びながら景勝がまたちょっと笑う。
「もう本当にうちのお母さんの景勝の信用度半端なく高いんだから」
「…喜んで良いのか?」
喜んでいいことだよ、と言うと、景勝は、では素直に喜んでおく、と呟いて苦笑した。
朝食を食べ終え私が淹れたお茶を飲み干した景勝は、歯を磨いてから寝室に戻る。
珍しくどこか緩慢な景勝の動きに笑いつつ、食洗機のスイッチを操作していた私の耳に、景勝の声が聞こえた。
「唯緋」
「んー?ちょっと待って、すぐ行く」
エプロンを外しながら寝室に向かうと、ベッドに腰かけて景勝が私を見上げた。彼の前にしゃがみ込み、今度は私が景勝を見上げる。
景勝は穏やかな表情のまま、口を開いた。
「唯緋」
「うん?」
「結婚せぬか」
ゆっくり二回、瞬きをする。
「…え…?」
一瞬、何が起こったのか冷静に分からず素の声で聞き返した私に、景勝はほんの少しだけ眉間に皺を寄せた。
「…聞こえなかったか?」
「あ、……や…なんか、結婚、…とか…」
「聞こえておるではないか」
満足そうな顔で笑った景勝に、私は微動だにできないままで。
景勝は続ける。
「…家事が好きになったのだろう」
「う、うん…」
「唯緋の家族にわしは信用度が高いのだろう?」
「そう、だけど…」
「では問題無かろう」
「そうなの…か、な…?」
まだ混乱したままの頭で答えていると、景勝は小さく溜め息を吐き、私の左手を取って私を見つめた。
「わしは、今さらお前以外の奴と生きていけぬ」
手に取った薬指を弄びながら、週末に指輪を見に行くから空けておけ、と言われ、私は頷くことしかできなかった。
ためいきはルビー