夜は暗く、静かで、月の光だけがいやに明るい。窓から差し込む一筋の月光が、私を見下ろす公休様の頬を青白く照らしているのをぼんやりと見つめる。
公休様は、眉間に皺をたたえ、どこか苦しそうに切なそうに目を細めて私を見つめ口を開いた。
「頼む。怖い、と言ってくれ」
喉の奥から絞り出すような声でそう言った公休様の頬に手を伸ばす。私の指が薄い公休様の皮膚に触れた瞬間、公休様の肩が小さく一度だけ揺れた。
寝台に背を預けた私の顔の両脇に、覆い被さるように私を真上から見据えてつっかえ棒みたいについた手を公休様が握り締める。
公休様はお優しい方だ。
司馬昭殿に反旗を翻し、求める理想や自らを慕う民のため戦われていて。時期を逃しまともに婚儀も挙げられず、内縁の女でしかない私に戦のことは微塵も感じさせないようにと変わらず接してくれていることは火を見るより明らかだった。
だから、公休様が寝所に突然やって来て私を寝台に押し倒した瞬間、気付いてしまったのだ。明日、公休様が城の外に出られた後、何が起こるのか。
「私は、優しくしてやる術すら知らぬのだ」
眉間の皺を更に強くして目を伏せた公休様は、何故か無性に堪らなく綺麗で、そして無性に――
「――公休様なら、怖くなどありません」
私の震える指にどうか、優しいこの方が気付きませんように。
怖くて堪らないのです
私の声に、公休様はほんの少し眉を下げて微笑んで、すまない、と呟いた。
私の夜着にゆっくりと触れる公休様の手はどこまでも優しく、私は伸ばしたままの指で公休様の頬を撫でるだけで精一杯だった。
明日で終わるこの方の孤独を、今夜だけは私が救えたら、と願った。