これの真相



「…だから一杯だけにしとけと言ったのに…」

居酒屋からなんとか連れ出した唯緋先輩はすでに軟体動物と化していて、ご機嫌な様子で私の肩に頭を預けている。にこにこ笑うばかりで全く足に力の入っていない先輩の肩を抱くように腕を回して支え、呼んでいたタクシーに乗る。

「先輩。タクシー来ましたよ。家どこですか」
「…えぇー?」

先輩は焦点の定まってない目で私を見上げる。そういえば、通勤電車で同じ沿線に住んでいることは知っているが、家がどこにあるのかは知らない。

「えぇっとぉー…あそこだって」
「どこですか」
「…zz」
「…寝た…すみません、運転手さん…」

痛むこめかみを押さえつつ行き先を告げて、ふぅ、と座席の背もたれに寄り掛かった私の腕に先輩は顔を擦り寄せ、満足げに唸った。
どうせ酔ってるし覚えてないだろう、と思い、先輩の髪を軽く指ですいてみる。触れたのは初めてだが、思っていた通り彼女の髪は柔らかい。
窓の外を見やりながら、今日は星がよく見えるな、と思った。



***



「本当にもう…」

背負った体を軽く揺すると頭が所在なさげに大きく傾ぐ。
さっき降りたタクシーの運転手の含みのある爽やかな笑顔が若干気に障るが、息を浅く吐いて歩き出す。

見慣れた(自分の家だし当然だが)エントランスで私の革靴の鳴る音だけが響く。エレベーターのボタンを押そうと少し身を捩ると、背中の唯緋先輩は気持ち良さそうに唸りながら私の首に顔を擦り寄せ埋めた。

「…」

すぐにやって来たエレベーターに乗り込む。
…まぁ、あのくらいで決壊する理性ならとっくの昔に背中のこの人を襲っているだろう。
我ながら私はなんて健気な。
上昇する階層ランプをぼんやり眺めながら自嘲気味に思った。



「…っしょと」

とりあえずベッドに下ろすと、衝動に気がついたのか先輩は身動ぎしながらうっすら目を開けた。

「…んー…?」
「目、覚めましたか?」

ふぅ、と息をついて自分のネクタイを緩めながら先輩を見やると、焦点の定まらない目で私を眺めている。
後は勝手にまた寝てしまうだろうと思い、立ち上がりかけた私の腰に何かががっしりとしがみついてきた。

…何か、なんて一つしかないのだけれど。

「…何ですか」
「へへー、りくそーん」
「はいはい」
「あったかいー。りくそん、がっしりー」
「…男ですから」

ついでに男なんで出来れば離れて欲しいなー、と目で訴えてみる。勿論、効果なんてあるはずもない。

「…ってちょっと!なにするんですか!?」
「えー?」
「ホック外そうとしないで下さい!何考えてるんですか!」

何なんだ!?痴女なのか!?
何を思ったか、先輩はいきなり私の腰に回したままの手で私のズボンのホックに手をかけた。
予想の斜め上へかっ飛んだ行動に焦って叫ぶが、酔っ払いに通用する訳もなく。必死に手を掴んで止める私に先輩は凶悪なくらい可愛い笑顔(普段こんな顔絶対しない癖に)を向けた。

「なんかー、りくそんって、ふっきんすごいよねー」
「…はぁ。ありがとうございます」
「あはははは」

誉められているのかこれ。というか私も何をお礼なんか言ってるんだろう。脈絡が無さすぎてさすがに私も気が動転しているんだろうか。
完全に上戸に入ったらしい先輩はご機嫌な様子で私のお腹を撫でる。
他意は無い。無いはずだ。

と、仏頂面になった私から先輩はふい、と離れ、おもむろに自分のブラウスのボタンを外し始め、中から下着を引き抜いた。
ベッドの下に落とされる藍色の華奢なデザインのそれに、一瞬、え、と目が点になる。

「…だから、ちょ、何やってるんですか!?」
「えー、だってー、あついー」
「暑い、じゃありません!あーもう!」

半ばやけになって肩を掴みベッドに先輩を引き倒す。
先輩は力づくな私の行動に、少しきょとん、とした顔でボタンを外す手を止めて目を丸くした。少しは警戒したらどうなんだ。

「はい、目!閉じる!」

先輩は反射で慌てたように目を閉じる。

「はい、手!下ろす!」

先輩の手が胸のボタンから離れる。

「はい、思考!消す!」

先輩は少しだけ眉根に皺を寄せたが、すぐに落ち着いた顔になり、寝息を立て始めた。



「ほんっと…もう…」

ぐったりしながら部屋のドアを閉め、深く溜め息を吐く。
誰か私を誉めて欲しい。

あんな無防備な顔をされて、襲えるはずがない。ましてや本気で好きな相手なら尚更。
深く深く溜め息を吐き出しながら、クローゼットにしまってある予備の寝具類のことをぼんやりと考える。今夜は適当に毛布でも引っ掻けて部屋の隅で、……寝られるのだろうか、私は。

ちら、と自分の下半身を見やり、えもいわれぬ虚しさに包まれながら、とりあえず水でも飲んで頭を冷やそうとキッチンに向かった。




凶悪犯に降伏




明日の朝、ちょっと騙してやるくらいはしないと気が済まないんですが。



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