#現代転生



俺もさ、そりゃたくさん恋をしたし良い女にも出会ったぜ。色男なもんでな。…おい、何鼻で笑ってんだよ。まぁいい、とにかく俺の人生にはそりゃあたくさんの魅惑的な岐路があってだな、でも、なんだかんだ言って一番落ち着くのはあいつの隣だったんだ。ちょっと気付くのが遅くてあいつを悲しませちまったこともあるけど、最終的に俺はあいつの側であいつの笑った顔を見ていられたんだから後悔はしてねぇよ。…え?惚気なら聞かない?おいおい待てって、ここからが本題だぜ。それでな、今生ではあいつを待たせちまったから、来世では必ず俺が見つけてやるって約束してやったんだ。…何?結局待たせてるだろって?…政宗。雰囲気読めよ。そんなんだからお前は、…あーはいはい。馬鹿は分かった。いいから続き聞けよ。それで、あいつは何て言ったと思う?来世では孫市みたいな男はごめんだわ、だぜ。ほんと素直じゃねぇよなぁ。いっつもそうなんだよ。閨の中でも…おっと。これは二人だけの秘密なんだった。悪ぃな。あ、だけどな、その後に、でも孫市とならそんな来世もいいかもね、ってあいつは言ったんだ。そんときのあいつの笑った顔は何回生まれ変わったって忘れねぇよ。絶対にな。



***



出先の相手会社の受付で、俺は身動ぎすらできず固まった。
新しい取引先として挨拶に訪れた、小さめだが確実な仕事で有名な会社。受付奥のデスクで一心不乱にパソコンに向かう横顔は、見間違えるはずもない。

「――雑賀さん、お待たせしました」
「…え、あ、」
「…どうかしましたか?」
「あ、いや、いえ、」

担当者らしい男に慌てて応答している間に、あいつは書類やファイルを抱えて奥の部屋に消えて行ってしまった。思わず肩を落としかけ、目の前で若干訝しげに俺を見る担当者に慌てて、何でもない、と首を振ってみせる。担当者は微妙な顔をしながらも俺を応接室に案内してくれた。

さっき見つけた姿に正直頭が働かない、だが、そうも言っていられない。仕事中だと自分の頭に叩き込んで、黒田と名乗った担当者と話を進める。どうやら頭の回転も悪くないらしく、用事は滞りなく終わりそうだ。
そう思っていたとき、控えめなノックと共に応接室の扉が開いた。反射的に目を上げ、――そこに立つ姿に釘付けになった。

「失礼します。お呼びですか、黒田さん」
「あぁ、ちょうど良かった。雑賀さん、このプロジェクトで私の補佐を務める唯緋です」

不自然な姿勢で固まったままの俺に、上司の紹介を聞いた彼女は慌てたように頭を下げる。揺れた黒髪は、俺の記憶にあるものと変わらない、艶のある綺麗なものだ。そうだ、俺は唯緋の髪も好きだった。



突然呼ばれて今度のプロジェクトの相手先の担当者という男性と会ったばかりだというのに、ちょっと書類を、とか言って席を外した黒田さんを心の中で恨む。去り際に小さな声で、何か話して仲良くなっとけ、と言われたが、正直何を話したらいいか検討もつかない。
途方に暮れながら目の前の男性を、ちら、と窺うと、私を見つめるその人とばっちり目が合った。

「…さ、雑賀さんってお若いんですね。もっと年上の方が来られるかと思っていました」
「……え、あ、はぁ…」

な、なんだその間。
私の話も耳に入っているのかどうか疑わしいような生返事をした雑賀さんに、曖昧な笑みを浮かべた口の端が引き攣る。
というか、何故私はこんなにも穴が空くほど凝視されているんだろう。
思わず眉を潜めた私に、雑賀さんは、はっとしたように目線を外し、ちょっと何か考えるような顔をした後、少しだけ身を乗り出して口を開いた。

「…唯緋、さん」
「は、はい?」
「どこかで、逢ったことない?俺と」
「…へ?」

ぽかん、となった私に、雑賀さんは真剣な眼差しを向ける。
しばらく考えて首を横に振った私に、雑賀さんは眉を下げて笑って、そっか、と言った。その顔が、どこか淋しそうで切なそうに見えたのは私の気のせいだろうか。
しかし、雑賀さんがその表情を浮かべたのは一瞬のことで、気が付けば何だか軽薄そうな笑みを浮かべていた。そしてそのまま口を開く。

「…それにしても、唯緋さん可愛いな。今夜俺と食事でもどう?」



俺の言葉に、よく意味が分からないというような顔をし、すぐに眉間に皺を寄せた唯緋を見つめながら心の中で小さく笑う。遠い昔、俺が今と同じように口説いたときと寸分変わらない反応だ。
彼女の笑顔も、忘れられないあの時と変わらないままなんだろうか。きっとそうに違いない。

やっと、見つけた。




賽は投げられた



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