#大学生設定
まぁ何?特に意味はないんだろうし、意識してやったことなんかじゃないのは分かる。なんだかんだ付き合い長いし。
ただあいつは何かに熱中したり熱くなったりしたらちょっと(というかだいぶ)周りが見えなくなって「うおおお」みたいなよくわからんテンションになるから今回のこともその一例として数えられるだけのことだ。
「…唯緋ちゃん、そんな半眼でいたら可愛い顔が台無しだよー」
「おっとつい」
可愛いという単語は軽くスルーしてわざとらしく目をぱっちりと開き瞬きをしてみせると、私の隣でスポーツドリンクを持った馬岱は眉を下げて困ったように笑う。
そんな私と馬岱の視線の先には、勝利の感動と興奮を爆発させたように抱き締め合う男女の姿。
「…あの、ほんと、若には多分他意とかはこれっぽっちもないと思うから、さ…」
「あーそーねー」
まぁその男、私の彼氏なんですけどね。
馬超が所属するフットサルサークルが地元のちょっとした大会で決勝まで進んだらしく、応援に来てほしいと言われた今日。
口では、暑いからなぁとか、フットサルそんなに知らないし、とか言ったけど、大学の違う馬超からそんなお誘いがあったのは初めてで、内心浮き足立ちまくってたなんて勿論言えない。
そしてばっちり試合開始30分前に会場グラウンドに到着してしまった私に、アップ中だった馬超はそれはそれは嬉しそうな笑顔でガッツポーズを見せた。(内心ときめきまくった)
だが、その試合開始前から何か嫌な予感がしていたのだ。初めて見たサークルでの馬超とその周りの人達を見て。
そしてそれは結構早くに確信に変わった。
「…俺はさぁ、一応若にもちゃんと『彼女います』って発言しときなよ、って言ってたんだけど」
「へー」
「なんか、唯緋ちゃんを連れてくんのは決勝まで行けたらだ、とか見当違いなことしか言わなくてさぁ」
「ほー」
「…マネージャーのあの子は多分若に彼女いるって知らなくて、それで…、」
確実に、馬超のことが好きなんでしょうね。うん。顔見たら分かる。図らずも馬超とハグできて嬉しくて仕方ないって顔してるものね。
隣の馬岱が疲れきった声で小さく「若ぁ…」と呟いたのが聞こえて、私は無性に何かを壊してやりたくなった。馬超の足とか。
声かけずにこのまま帰ってやろうか、と真顔で考え始めた私に、マネージャーとのハグを解いたらしい馬超が駆け寄ってくるのが見えてまた半眼になる。
馬岱はこの場を去りたくて仕方なさそうな雰囲気を醸し出している。
「――唯緋!見てたか!」
「あぁうん」
見たくもないものも見たけどね、と心の中で呟く。そんな私に気づいてもいないらしく馬超は大声で、勝ったぞ!と言って顔中で笑った。
その笑顔は嫌いになんかなれないから余計腹が立つ。
そして馬超はそのままの勢いで私を抱き締めようと腕を伸ばしてきた。
「今抱き締めたら殺すから」
「…は…?」
――おいさっきまでマネージャーの子と抱き合ってた腕で私を抱き締める気か貴様!!
そんな私の機微も全く分からないようで、腕を広げた奇妙な格好で馬超は固まった。
その数秒後、馬超はそのままの姿勢(腕は下ろせよ)で開いたままだった口を動かす。
「殺す、のか?」
第一声はそれなのか。
「うん」
「…何故だ?」
「殺してやりたいくらい嫌だから」
「ど、どうした唯緋?何かあったのか?」
何かってうんまぁありましたけど。あなたのせいですけど。
半眼のまま何も言わない私をたっぷり見つめた後、馬超は馬岱に顔を向けた。
馬岱は溜め息を吐いて、渋々といった風情で口を開いた。
「…若、せっかく応援に来てくれた彼女の目の前で他の女の子と抱き合ったりしちゃだめでしょーが」
「む、…抱き合う…?」
ついさっきまで自分のしていたことも覚えてられないのかこの単細胞。
心の中でついた悪態をそのまま顔に出すよう努力してみる。
馬超は一拍のタイムラグの後、目を見開いて私を見た。
「さっきのは栄光を称えあっていただけで他のチームメイトや馬岱なんかとするものとなんら変わりないものだ」
「へー」
相手の女の子はそう思ってないみたいですけどね。
馬超が弁解するような口調ではなく何故か純粋に驚いたような口調なのが理解不能だ。腹立つ。
しかも私の顔をまじまじと眺めているから落ち着かなくて苛々する。
「…お前でも妬いたりするんだな」
「は?何を?肉をか?」
「嬉しい驚きだな。唯緋が妬いてくれるとは」
「だから何を?つかあんたに妬くくらいならホットケーキでも焼くわ」
そうかそうか、とか言いながら締まりのない笑顔を溢しだした目の前の男が正直憎くて仕方ない。
空気読めよ、なんて突っ込みは馬超には意味を成さないことだと長年の経験から知っているので言わない。
すると馬超は突然、がばっ、とフットサルのユニフォームを脱ぎ捨てた。
呆気にとられた私の目に、やや細身だが鍛え抜かれた胸板や腹筋が飛び込んでくる。
いやいやいやいやなに急に上裸になってんの?私たちの周り(半径数メートル)空気固まってるから!馬岱も固まってるから!
頭の中でそんなことが飛び交いまくってるのに突っ立ったまま動けない私を、馬超は剥き出しの自分の胸に押し付けるように思い切り抱き締めた。
馬超の匂いしかしない(馬超は制汗剤なんてものを使う男ではない)空間で、汗に湿った胸板に顔面を塞がれ色んな理由で身動きをとれない私を尻目に、馬超は清々しい程の大声で言い放った。
「俺が素肌で抱き締めるのは唯緋だけだ!!」
――妙な憶測を呼ぶような言い回しするんじゃない。
そう上辺では思いながらも、心の奥の奥で、嬉しい、なんてぽつりと思ってしまった私はやっぱりただの恋する女の子だったらしい。
そんなあつさもたまにはいいかな
「……ちょっと若、や、二人とも、場所ってのを少しは…あー、もういいや…」