#現パロ
入り口からは一番遠い、窓際の一人用ローソファのテーブル。そこがあの人の定位置だ。
平日の夕方にやって来るときは、アメリカンで砂糖一つ。休日の午前中にやって来るときは、ダージリンのストレート。
決まって何かの文庫本を片手に佇むその姿は余りにも様になっていて、そのカフェでバイトを初めてから約半年の間に、私は段々とその人のことが気になるようになった。
柔らかな陽の光が差し込む店内へといつものように入ってきたその人は、目が合った私に微笑んで軽く会釈をし、いつもの席に座った。
「…目が合いました微笑まれましたどうしましょう劉備さん、ダージリンストレートで、私の顔緩みきって見るに耐えないことになってませんか…!」
「はは、大丈夫だ」
あの人に見えないようトレンチを落ち着きなく弄ぶ私に、店長である劉備さんはダージリンの茶葉を取り出しながら穏やかに笑って答えてくれる。
お湯がポットに注がれ、カウンターに広がるダージリンの良い香りを吸いながら、ちら、とあの人を盗み見る。長い脚を綺麗に組んで、軽くソファの背に凭れながら本を読む姿はまるでドラマのワンシーンのようだ。あぁ、本当にかっこいい。
「…今ならお客さんも少ないし、ちょっとなら話をしてきても構わない」
「え、」
はいダージリン、と言ってカップを置きながら少し悪戯っぽく笑った劉備さんに、素っ頓狂な声を漏らす。話、話って、何を話せばいいんだ。
「ほら、行っておいで」
笑ったままの劉備さんの声に背中を押されるように、カップを乗せたトレンチを持ち足を踏み出す。
当時、常連だった女子大生と恋に落ち昨年その女性と結婚したなんていう軽くぶっ飛んだ経歴を持つこの店長は、私にも同じ道を歩ませたいのだろうか。テーブルを抜けて歩きながらそんなことが頭をよぎった。
「…お待たせしました。ダージリンでございます」
「あぁ、ありがとうございます」
本を一旦閉じて緩く微笑んだその人の前にそっとカップを置く。
「いつもご来店ありがとうございます」
「あ、いえ、そんな」
無難な第一声はどうやら失敗ではなかったらしい。その人は本を置いたまま私と目を合わせてくれた。(地味に嬉しい)ちょっとなら会話をしても大丈夫かも、と安心し心の中で胸を撫で下ろす。
「このお店の雰囲気がとても落ち着くので」
「ありがとうございます!私も雰囲気大好きなんです」
「そうなんですか。えーと…唯緋さんはバイトを初めてどのくらいに?」
突然名前を呼ばれたことに心臓が跳ねたが、制服の胸に名札をつけていることを思い出し、自分を落ち着かせる。
「半年くらいです」
「そうですか。あ、私は趙雲といいます」
以後お見知りおきを、と言ってはにかんだように笑うその人、趙雲さんに私はだらしなく緩みそうになる頬を必死に止めた。
図らずも知ったその人の名前を心の中で反芻する。そのせいで、趙雲さんの行動への反応が一拍遅れた。
「それで、あの…いきなりこんなこと、非常識かとは思うのですが…」
私から視線を逃がすようにしながら趙雲さんが差し出したものを、え、と見つめる。
何も考えず受け取ったそれは小さな紙のようで、折り畳まれたそれを、かさり、と開いた。
そこに綺麗な字で並べられた11個の数字に、冗談じゃなく心臓が止まるかと思った。(いや一瞬止まったに違いない)
「…捨てて下さっても構いません。迷惑で無ければ、その」
言い淀む趙雲さんの頬が赤くなっているのは、私の希望が見せている都合の良い幻なんだろうか。それこそまるでドラマのようだ。
手の中の紙が、ぐしゃり、と音をたてるのを私はどこか他人事のように聞いていた。
これから始まる二人の話