大回廊を抜け、鍛練場や武官・文官たちの執務室が立ち並ぶ間を通り過ぎる。そのまま細い回廊を進むと、次第に将や女官の姿が全く見えなくなり、門番や衛兵が目立つようになってくる。
何度も通って慣れた小さな中庭に降り立ち、一つの離宮を目指す。
そこを囲うように巡回していた衛兵が俺の姿に気付き、姿勢を正して頭を下げる。ここでは俺の顔はいわば通行証だ。
離宮の更に奥まった場所にある一つの出窓に近づくと、俺が来ることが分かっていたかのように窓が開かれた。
「甘寧!」
そこから少し身を乗り出すように現れた彼女は、いつも俺を迎えるときの溢れんばかりの笑顔を浮かべていて、俺は苦笑しながら小さく会釈を返す。
殿の兄にあたる孫策様の娘である唯緋様と初めて会ったのは、俺が呉に降って間もないときのことだ。
初見から何故か俺をえらく気に入られたらしい姫さんは、幼いその頃から俺とたわいもない会話をする時間を続けている。正直、俺の風貌はガキには恐ろしく見えると思う。昔、純粋に疑問に思って姫さんに、恐くないのか、と聞いたことがある。
「甘寧の鈴の音はとても優しい。だから恐くない」と変わらない笑顔で答えた姫さんに、訳もなく負けたような気分になったのを覚えている。
「今日はいい天気ね。甘寧、鍛練はもう終わったの?」
「いや、この後に。姫さんは?」
「私は詩の勉強。せっかくのお天気なのに…」
そう言って心底残念そうに溜め息を吐く姫さんに、苦笑を浮かべて首裏を掻く。
ここ一年、年頃になった姫さんは教養を身につける為の勉強を多く課せられるようになり、部屋から出ることがめっきり減った。(だからこうやって姫さんの離宮に通ってる訳だが)
「仕方ありませんよ。輿入れのとき必要なんすから」
「…」
「姫さん?」
俺の言葉に、明るかった姫さんの顔が曇る。目を伏せると、長い睫毛が頬に影を落として妙に色っぽく見え、……って何考えてんだ俺。
「…輿入れなんかしたくない」
「…え」
「呉を離れては、甘寧とも会えなくなってしまうわ」
それは嫌、と駄々をこねるように呟く姫さんの顔は、さっきまでと違い子供っぽいもので、何故か俺はホッとしてしまう。
しかし、姫さんの言葉は喜んでいいものか諫めるべきか。くそ、こんなとき凌統でもいりゃあ、と心の中で第三者に八つ当たりする。
何と言ったものかと焦る俺をそっと見つめて、姫さんは小さく口を開いた。
「もし、どこかへ嫁に行けと叔父さまに言われたら、甘寧は私をさらってくれる?」
え、と、我ながら情けない声が小さく零れた。
おいおい、これは、駄目だろ。
頭は慌てたようにそう信号を送っているはずなのに、俺の口は勝手に動いた。
「…はい」
「本当?……嬉しい」
あぁ、くそ。
縁談なんか死んでも来んじゃねぇぞ。
深窓のお姫様は王子様なんていらないらしい