何者にも見つからないように生きるというほど面倒な事はない。
オレ達のボスのように生きるって事だ。
誰にも知られず、過去を消して生きる。
面倒だろ。
けれどこいつは存在を許されなかったかのように記録には無かった。
生まれた事さえ外に知らされなかったのか。
不幸かどうかはこいつの感覚だから知らないが。

「……」
「……だれ?」

掠れた小声。

「起きたか」
「うん」

目を擦りながらオレの顔を見ている。
経歴以外はどこまでも普通の少女と変わらない。そう思いつつこれからこいつをどうするか考えなければ。
こいつの意見も交えつつ。

「名前、言えるか?」
「……ない」
「あ?」
「……わかんない」
「自分の名前が分からねぇって事はないだろ、流石に」
「よばれたこと、ない」
「……」
「なまえってナーナとかエッタとか、そういうのでしょ?」
「そうだ」
「じゃあわたし、よばれたことない」

どういう環境で生きてたんだこいつは。
いや、むしろ生きてた方が奇跡みたいな存在だったのか?
その割には殴られた痕や傷は無いし、満足な食事を与えられていなかったかのような痩せた体つきではない。
歳相応な体躯だ。

「ナーナとエッタはねこのなまえ」
「そうか」
「いっつもおい、とかそこの、とかよばれてた」
「……」
「もしかして、こんななまえある?」
「ねぇよ」

不意に人差し指をつきだして少女がオレに問う。

「あなたは、なまえある?」
「イルーゾォだ」
「いいな」
「何がだ」
「なまえある」
「×××」
「?」
「お前の名前だ」
「わたしの?」

×××、×××と何度か呟いて控えめに笑った。

「ありがとう」
「無いと困るだろうが。オレもお前も」
「どうして?あのひとたち、こまってなかった」
「……オレは困るんだよ」
「おかしいね」
「そうでもねぇよ」

こいつ、いや、名前付けたから×××か。とりあえず基準がおかしい。
どんな育て方されたらこんなんになるんだ?
親から与えられるべき愛や常識がまるで抜け落ちている。
こんな職に就いているオレが言える事では無いが。
人間の尊厳を奪われたかのような扱いをされている奴からすれば(俺もそうなのだろうが)幸せなのだろうけど。
こいつは多分、幸せも不幸も知らずに生きてきた。

「見た目はしっかりしてんのになぁ」
「?」
「気にするな。それより聞きたいことがあるんだ」
「なーに?」
「×××、お前はあの場所にはもう戻れない」
「うん」
「少なくとも二つ、お前は選べる」
「うん」

悲しいのか、寂しいのか、嬉しいのか。
それとも何も感じていないのか。
複雑な色をした目を見ながらゆっくりと喋る。
こいつが選ばなければ人並みには(少なくとも、暗殺者のオレよりはマシな)生き方ができるんだろうな。

「少なくとも死ぬ危険は無い孤児院に行くか、死ぬ危険があるけどオレと暮らすか。最初を選ぶならマシな環境の孤児院を探してやる。後者はオレに関する面倒事以外で死なない程度の生活はさせてやる」
「……いいよ」
「何?」
「……イルーゾォと、いっしょがいいよ」

何でそこでお前はオレを選ぶんだ。
オレの傍に居てもお前に幸せなんて無いだろうに。

「……本当にか?」
「ほんと」
「後悔しないか?」
「しない」
「幸せになれやしねぇぞ」
「いい」

そう言い切ったこいつの目に俺は「覚悟」を見た。

「……オレとしてもお前を拾った身だからな。ここで生きる事を『許可』してやる」
「ありがと」
「言う事はちゃんと守れよ」
「うん」

これはリーダーやメンバーには言えないな。
オレが死ぬ。

×××が小さな体をこちらに預けてくる。
簡単に支えられる程度に軽い。まるで未知の生き物のようだ。
ああ、でも悪い気はしない。
無意識の内にオレの心は×××の存在を許している。
複雑だ。
こいつが何時死ぬか分からないオレを選んだ事。
そしてそれに喜びめいた感情を抱いた自分も。
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