部屋に入った瞬間、芳しい桃の香りに包まれる。
気配に気づいた少女はこちらを見て、笑う。

「おはようございます」
「……ああ」

この城の主―――松永にしては珍しい程簡素な、人が生きている気配の無い部屋の中、一人の少女が座っていた。

「朝と言うには、もう遅いが」
「そう?だってまだ、そと、あかるくない」
「もう直ぐ昼になる頃だが」

薄らとではあるが、陽は差し込んでいる。
そこで松永ははたと思い出したように言った。

「……そうか。そういえば最近卿は目を患っていたな」
「うん。そろそろ、おしまいかなあ」

あと少しで死んじゃうよ、私。
そう少女が言ったのは何時の事だったか。
元々、命は長くない。
生まれた時から桃しか食べることを許されなかった少女。
不老長寿の妙薬として生まれた、いや、生かされたという方が正しいか。
あれは十年も生きるまい。だから八歳にもなるとその身は肉として喰らうのだ、と。
『我々の血肉となることを喜びなさい、○○』
物心ついた時からそう言われ、生きてきたと。そう○○は言っていた。そして、○○自身もそうなることを望んでいる。
今も。
だからこそ、この少女は私に問う。

「まつながさん、まつながさん、わたしをいつたべてくれますか?」

そして穏やかな笑みを湛えながら問う○○に、私はこう答えるのだ。





「私に人の肉を喰らうという嗜好は無いのだが」





「……まつながさんのことばってぜんぜんあまくないの」

私の身体は甘いのに。
そう言って甘やかな香りを揺らしながら近づいてくる○○の掌に口付ける。
舐めると、仄かな甘味が舌に伝わる。

「かんで、たべてくれればそれでいいのに、ずるい」
「卿も中々我侭だ。毎日これほど愛でているのに足りぬ足りぬと泣き喚く」

そう言うと○○はゆっくりと顔を伏せ、泣きはじめた。
頬をつたってぽたりぽたりと涙が落ちる。そして嗚咽混じりの消え入るような声で呟いた。





「しってたでしょ」
「……何をだね」
「……わたしが、あそこのひとたちに、ずっとうそついたの」
「…………」
「まつながさんにも」
「ほう?」

「ほんとはね、わたし、だれかにたべてほしいなんておもってなかった」

「でもね、まつながさんにならたべられてもいいっておもったの」

一方的で酷く歪な願い。
しかしまあ、少女らしいといえば、そうなのだろうと思った。



「…………そうか、そうだな。卿の今際の際に考えるとしよう」



その頬につたう涙も甘いのだろう。しかし今はまだ少女の問いに答える時ではない。
らしくもないが、そう考える程度に松永は少女のことを愛でてはいたのである。
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