「ギタラクルさん、戻りました」
「うん、もうすぐ始まるね」
「はい」

 ふと、思ったんだけど。
 イルミさんは平気で私を放置したりする割に、あまり私から離れる事を良しとしてないような。
 前からこんな人だったか?
 でも、私が急に消えて半年も戻らなかったんだから当然なのかもしれない。私だって実家に居た頃飼ってた犬がもし脱走したなら気が気でなくて精神が疲弊していくし、見つかったら泣きそうな気持ちになるし、その後は神経質になるだろう。
 実際イルミさんは泣く事なんて無いし、割と普通だったような気がするけれど。思えば私が自分の格好が恥ずかしくてイルミさんを引っ叩いた時、避けられないくらいには動揺していたのかもしれなかった。避けるまでもないから、という可能性も大いにあるけれど。
 私は、婚約者みたいな冗談はさておくとして……ただのペットなのだけど。ペットはペットなりに、結構可愛がられているのかもしれない。
 居なくなったら嫌だと思って貰えるくらいには。


 ーーーかわいいとこもあるんだなぁ、このひと。

 完全に憶測で妄想だけど、ちょっと幸せな想像だからそういう事にしておこう。


「いたっ!」

 ほんわかしていると頭に衝撃があった。

「何するんですか!」
「顔がなんかイラッとした」

 このやろう! ……やっぱり私の妄想説が濃厚かもしれない!!



「……あ、正午です! 開きますよ、ギタラクルさん!」

 そうして開いたドアの向こうにはメンチさんとブハラさんが居た。
 実物を見るとブハラさんの大きさの威圧感がすごい。でかい。やはり自分の世界とは全く違うと改めてしみじみ感じてしまう。
 あとメンチさんがスタイルいい。あんなに露出度高いのに誰も気にしている様子がないのはこの場のせいかな?

「どぉ? おなかは大分すいてきた?」
「聞いてのとおり、もーペコペコだよ」

 お腹から猛獣の声のような音を立てながら話している。
 ……音を聞く限り、ペコペコどころかベコベコって感じだ。

「そんなわけで二次試験は料理よ!! 美食ハンターのあたし達2人を満足させる食事を用意してちょうだい」

 そんなこんなで、サクサク二次試験について説明されていく。
 豚の丸焼きを持ってくるのね。オーケーオーケー。
 そして、二次試験開始の言葉が響き渡った。


「豚の丸焼きだそうですよギタラクルさん。そういえば私もお腹すきました……。余らないかなぁ、食べたいなぁ」
「本当に余ったら食べたら」
「絶対余らないですよね」

 お互い軽口を投げ合いながらビスカの森を駆けていく。

「あっ、みーっけ!」

 鼻がやたら大きい豚。なんだっけ名前。なんとかスタンプ。

「鼻が大きいね。多分、弱点はその鼻で隠れる部分かな」
「動物ってそういうの多いです……、ね!」

 一気に駆けて飛び上がり、大きな鼻に隠れた額の部分に強く蹴りを打ち付ける。
 すると豚はこてりとひっくり返って目を回した。うん、捕獲。
 イルミさんの方を見ると既に仕留めていた。

「じゃあ行きま……」

 びゅん、と強い風を感じた。
 ……豚を捕獲した受験者達だ。えっ、早い。

「はっ、はやく行かなきゃですギタラクルさ……、お、置いて行かれた!」


 自分から離れるのはオールオッケーな飼い主に苛立ちを感じなくもなかった。
 脱走して帰ってしこたま怒られた次の日に飼い主が出かけるのを見送る犬の気分である。ぐるる。







 慌てて追いかけて、そこまで他の受験者に遅れを取らずに済んだのだけど。
 ーー豚の丸焼き。漫画で見るとかなりデフォルメで可愛くなっていたけれど。

「うう……グロい……」

 軽く下処理をしている時からちょっと大分しんどいな、と思っていたけれど。
 満遍なく焼けるように、豚に刺した棒のハンドルをグルグルと回していて思う。
 豚の形を保ちながら焼けていく様はなかなかキツい。

 ふと周りを見ると下処理をせずに焼いている人も居る。いいのかアレ。相手はグルメハンターだぞ。

「焼けたかな? ……せいっ! うん、焼けた!」

 テント用の杭か? と言いたくなる見た目の串をを思い切りぶすりと刺して確かめた。
 竹串が一般的だがそんなの使ったら折れるよね!

 ……私はブハラさんには単に豚を捕まえて丸焼きにして出せば、細かい事は気にしなくても合格出来ると知っている。
 でも、だからといって明らかに美味しくないんだろうなってものを差し出したいとは思わない。不味いものをわざわざ食べたい人なんて、普通居ないんだから。

「トルテ」
「あ、ギタラクルさんはもう終わったんですか?」
「うん、合格」

 わ〜〜、私を置いてさっさと行っただけあって早いですねぇ。

「早くしなよ。遅れたとか、そんな事で脱落したら独房行きだから」
「私は風になる!」

 今迄に無い程のスピードで私はブハラさんの元へ向かうのだった。


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