「ん…」
「あ、起きた」
目が覚めると、後輩であるヒビキ君が私を覗き込んでいた。
どうやら私は学校の教室で寝てしまったようである。
「…あれ、なんでヒビキ君が…?」
「いやー、帰ろうと思ったんですけど、たまたま通りかかったら先輩が寝てたんでー」
「え、もっと早く起こしてよ」
「あんまりにも可愛い顔してたんで」
「ヒビキ君はすぐ冗談言うんだから」
「冗談じゃないんですけどねー」
「部活は?」
「もう終わってるに決まってるじゃないですか」
「そうだね。頑張れ、部長」
ヒビキ君は中学・高校と剣道部の後輩だった。
とはいえ、私はもう引退してしまったわけだけど。ヒビキ君とはよく話す…というか話しかけてくるのだ。ヒビキ君が。
いつからだろうか、ヒビキ君がこんなに懐くようになったのは。
最初はこんな感じではなかった筈だ。
『ヒビキ君、竹刀の持ち方はねぇ…』
『…大丈夫です。小学校からやってるんで』
うん、先輩にあれはなかったな!
だから話しかけんなオーラはんぱなかった。
しかも、1年の内に全国に行くし…。
1・2年は全国第3位で、たしか3年が1位だった。とんでもない。
でも同じ高校入ってきたヒビキ君からそれを聞いた時、すごいねって言ったら「すごくないです。前の年までいた第1位第2位の相手が年上で引退してたから勝てただけなんです…」とか言っていた。それでも彼はすごいと思ったのだけれど、ヒビキ君は納得いかないようだった。
「ヒビキ君は少し大人になったのかな」
「え?」
「年上に対する態度がちゃんとしてきた」
「……はぁー。」
「えぇ!?」
なんでため息なんだ!?
「あ。先輩、そういや進学ですか?」
「あ、うん。HS大学だよ。推薦でギリギリ合格。因みに文系」
「…よかった。剣道続けるんスね」
「うん」
HS大学は一応剣道でそこそこ有名だから。
「先輩は、剣道弱いし、竹刀の振りも本当に中学からやってんのかってくれぇ、めちゃくちゃだけど…オレ、先輩の剣道好きですよ」
「ありがとう」
「あー、オレもそこ行こうかなー」
「え?なんで。ヒビキ君剣道も頭もスゴイんだからもっと上狙えるよー」
「恋は盲目って事ですよ」
「へ?ヒビキ君好きな娘いんの?」
「……泣いていいですか?」
「え、なんで」
「……」
ヒビキ君はまたまた深く、深ーくため息をついた。
だからなんなのよ。
「…先輩」
「何?」
「先輩にとってオレはなんですか」
「え?」
私にとってのヒビキ君…?
んーと、んーと…。
「可愛い後輩」
弟みたいなもんだ。
「ふぅん…」
「あれ、ヒビキ君?」
近い…?
「どうし…んぅっ」
私の唇が塞がれた。
「なんでヒビ……んっ、んぐ」
「あー、聞き取れないですね」
「!」
ヒビキ君、何、なんで、何これ、どうして、苦しい、あれ、涙が…。
「やべ…、泣いちゃいましたか…」
「うぅ〜っ!」
「あー、泣かないで下さいよ。オレ先輩の泣いてるトコ苦手なんスから」
「だって、だってっ…!ヒビキ君、なんで、こんな事するのよ。好きな娘にしかしちゃいけないんだよ!?」
私だって…私だってファーストキスだったのに!
「だからしたんでしょ」
「ほら、だからそういう事しちゃ……え?」
すき?
スキ?
隙?
鍬?
鋤?
須木?
…好き!?
「えええぇぇー!?嘘!?」
「……嘘とか言ったら、もっとすごいのしますよ」
「いいいい言いません!」
嘘、だって、私…は…ヒビキ君の…先輩、で。ヒビキ君は…私の後輩で…弟的な…。
「ねぇ先輩?」
これでも俺を可愛い後輩だって言えますか?
そうニヤリと笑ったヒビキ君に、私は圧倒的に押されているのだ。
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