「跪きなさい!」
「やですよ」

ハンッ!と鼻で笑って私を見下すように見るこの男はトウヤ。
みょうじ家の使用人である。
そして私の側近だ。


「トウヤのくせにトウヤのくせにトウヤのくせにトウヤのくせに!」
「あー、はいはい。紅茶なら今淹れますから」

気怠そうにティーセットに手を添えたトウヤに私は声を上げた。

「違うわ、別に紅茶が飲みたいから私は怒ってるんじゃないの!」
「じゃあなんなんです?」

はぁ、と息を吐いてこっちを向くトウヤ。
むかつくったらありゃしない!

「トウヤは私が命じればなんでもしてくれるわね?」
「そりゃまぁ、使用人なんで」
「だったら跪きなさいよ!」
「なんでそうなるんですか」
「なんでよ、なんで跪いてくれないのよ!」


私が声を荒げると、トウヤはもう一度ため息をついて、しゃがみこんでから椅子に座っている私を見上げた。


「何かありました?」
「べ、別になにもないわ!」
「そうですか?まぁなまえ様の事だから大した事じゃないでしょうが」
「なによなによ!またそうやって人を小馬鹿にー…!」
「あなたが気にしてるなら俺にとっては大した事ですから、よろしければ聞かせて下さいませんか?」


ううっ…!こうやっていきなり優しくなるのは卑怯だわ…っ!


「…あなたは私以外には跪くし、もっと丁寧に接するわ」
「…そうですか?」
「そうよ!それってつまり…その…」
「なんです」
「私につかえるのが嫌なのかしらって…」
「…はぁ?どうしてそんな結論になるんですか」
「だってそうでしょう!?私だけには跪かないし、荒っぽいのは…私が主なのが嫌なんでしょう!」

手に力を込めて言う。
自然と涙が頬を伝った。

「ああもう、…困った主人ですね」

ハンカチで私の涙を優しく拭ってくれる。

「ぐす…っ、だって」
「いいですか、俺がお仕えするのはあなた様ただ1人ですよ」
「じゃあ、なんで…?」
「…なまえ様は、俺に跪いて畏まって、お世辞をつらつらと並べて媚びへつらって欲しいのですか?」
「そんな事はないわ、気持ち悪い!」
「きもっ…。……とにかく、ならば良いではありませんか。俺はなまえ様以外を主にする気はありませんし、何も問題は無いでしょう」
「…なんか言いくるめられた気がするわ」
「気のせいですよ、なまえ様」









跪く?
冗談じゃない。
跪いたら、きっともうあなたを想えなくなるだろ。
好きだ、大好きだ。
跪いた瞬間、その想いはきっと消えるんだ。だから嫌なんだ。

面向きは主従関係だし、俺だってあなたのそばにいられるならそれでいい。
でも、それだけじゃあ嫌なんだよ。
馬鹿かもしれないけど、少しでも近くに感じたい。
跪いたら、完璧に主従関係を結んだようで、それをこえる行動も、想いもすべて無駄なのだと気づいてしまうし納得してしまうように思う。
…だから、もしもあなたに俺が跪いたなら。



「やっぱり一回くらい跪いたらどうなの」
「はは、やですよ」



それは、俺の恋の終わりだ。


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