シャルが好きなのかもしれない。
そう思ってしまった。
本当は思うべきではなかったのだ。
知りたく無かった。
「…スーツぐしゃぐしゃだね」
「そうだね…」
涙が止まった頃帰ろうかとなったものの、乱れた服装が気になってしまう。
人にはあまり見られたくない姿だ。
「……」
シャツについていた胸元のボタンは取れてしまっていて、私は手でそれを押さえた。
「なまえ、ちょっと捕まっててね」
「えっ」
気が付けば、何を、と聞く前に抱きかかえられていた。
俗にいう、お姫様だっこというやつだろう。
「ひゃああぁぁ!?」
突然の浮遊感に思わず叫んでしまう。
どうやら高い所を屋根や電柱の柱を足場にして家に向かっているようだった。
「わっ、危ないからじっとして」
「…っ!」
慌ててシャルにしがみついた。
たっ、高い…っ!
見ないようにと思いながらも、気になってちらちらと下を見てしまう。
「シャル…」
「大丈夫だよ」
笑ってみせたシャルに見とれているうちに、自宅に着いていた。
「…ありがとう、シャル」
「ん」
ぽん、と私の頭を撫でたシャルに胸が高鳴る。
ああぁぁ、もう末期じゃないかこれは!
「し、シャル!ごはん、ご飯何食べる?」
「もう遅いし何か家にあるもので作れるものがいいんじゃないかな」
「だ、だよねー!よし、作るからー…」
「なまえ」
台所に向かおうとした私の手首を、シャルが掴んだ。
「…落ち着いて。まず、シャワー浴びてきなよ」
「…っ、う…ん…」
シャルへの気持ちに気づいた事ですっかり抜けていた。
気が付いてしまえば直ぐだった。
はだけた胸元だとか、あの男がべたべたと触ったもの全部…脱ぎ捨てて、洗い流したい。
「私、はい、はいってくる…」
「うん、ゆっくりはいっておいで」
私は無言で頷いた。
*
私はスーツを脱ぎ捨てた。
クリーニングに出すか、それとも捨ててしまうか迷う所である。
予備のスーツはあるし、あまり高価なものではない。1〜2万でもう見ずにすむならそれはそれでいいかもしれない。
そんな事を考えながら、蛇口を捻った。
温かいお湯が全てを洗い流してくれるように感じる。
「………」
どうか、このまま私の気持ちごと全部ー…。
「あぁもう!」
いつから私はこんなに乙女チックな思考になったんだ。
シャルへの気持ちは、体の汚れと違って洗い流せるわけないでしょう、ばか!
「うー…っ」
困った。
だって相手はシャルだ。
本来ならば漫画の中の人間で、私は触れる事すらかなわない存在なのだ。
8つのおねがいが終われば、それでサヨナラ。もう2度と会えない…。
だというのに、そんな相手に恋をするなんて相当馬鹿だ。
「……」
なんでかなぁ。
好きにならなければ、きっと最後まで楽しく居る事ができたのに。
シャルを…応援していられたのに。
*
「でたよー。私ご飯作ってるからシャル浴びてたら?」
「うん、じゃあそうしようかな」
シャルはタオル等と手に、脱衣場へ向かった。
私はエプロンの紐を縛って、夜ご飯の支度をすべく冷蔵庫を開けた。
「あちゃぁ…」
買い出し前だからか食材が少ない。
…しゃーない、目玉焼き丼で。
「おぅいシャルー」
「んー?」
シャワーの音と、浴室特有の声の響きに内心ドキッとしつつも、平静を装う。
「目玉焼き半熟と固めどっちがいいー?」
「半熟ー」
「りょーかーい」
とりあえず、目玉焼きだけではあれなのでキャベツを切って炒める。
目玉焼きを焼きながらご飯盛って上にキャベツのせて焼けた目玉焼きのせて。
「完成ー」
目玉焼き丼はこのお手軽さが素晴らしいわよねー。
まぁ、本当なら目玉焼きのっけておしまいが楽でメジャーだとおもうけど、キャベツあるなしじゃ全然違うし。
「シャルー?できたよー」
「オレも今出た所だよ」
シャルは髪の毛をタオルでふきながら出てきた。
「うっ…」
「どうしたの?」
「…別に」
髪から水が滴って、余計にキラキラ輝いて見える髪とか、スウェットの襟からちらちらと見える鎖骨とか、あああああぁぁぁもう!
「シャル、ごはん!ごはん食べよう!」
「え、うん」
「座って座って!はい、いただきます!」
「いただきます」
シャルは、私と食事する時は私にならっていただきますとごちそうさまをする。
仮に手抜きのご飯でも、きちんと味わって食べてくれる。
見ていると、「あ、この食べ物嫌いだな」と気付く時もあるけど、1粒残らず食べてくれる。
…そういう所が。
「ん、ご飯粒でもついてる?」
「いや、別についてないよ」
「そう?」
ふとした時に好きだと感じてしまう私はきっともう手遅れだ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「あ、なまえ」
「ん?」
「ご飯粒付いてるよ」
「げ、私が!」
一生懸命手探りで探すが、なかなかそれらしい感触が無い。
仕方ない、鏡をー…。
「そこじゃなくて、ここだよ」
シャルの手が、私の顔に伸びた。
「やっ…!」
パシン、と乾いた音が鳴った。
…私は、何を。
「……ごめ、ごめんなさいシャル…私…」
あなたの手を払いのけるつもりなんて、これっぽっちも無かったのに。
「…なまえ?」
「ごめんなさい、シャル…」
謝ってばかりじゃなくて、理由を言わなきゃ。
…でも、言えない。
「……ごめん、なまえ」
どうしてシャルが謝るの。
悪いのは私だ。シャルを好きになってしまった私がいけないんだ。
「ごめん、シャル。お願い…しばらくはなれて…」
あなたにこの気持ちを悟られたくない。
あなたを困らせたくない。
だから…。
「……そっか、分かった」
どうして私はあなたを好きになってしまったのだろう。
忘れたい、この気持ちを。
どうにか…。
「…シャル?」
次の日の朝、シャルが消えた。
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