「お仕事に行ってきます」
朝方、シャルナークさんにそう告げると、シャルナークさんは仕事…?と首を傾げた。
「なまえって何の仕事してんの?」
「簡単に言えば事務職です」
「へぇ」
「昨日のオムライスに使ったチキンライスを冷蔵庫に閉まってあるので、お昼に温めて食べて下さい」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
「行ってきます、シャルナークさん」
そう言って手を軽く振ると、シャルナークさんも手を振り返してくれた。
久しぶりの家の誰かが見送ってくれる光景に、少し胸が温かくなった。
少しかかとの高い靴をカツ、と音を立てて、軽い足取りで職場に向かった。
*
「おはようございまーす」
そう声をあげながら出勤すると、その声を聞きつけて同期の律子が駆けつけてきた。
「おはようなまえ」
「どうしたの律子」
そんな嬉しそうに私に駆け寄ってくるなんて何かあったのかと目を細める。
「やっだあ、そんな身構える事ないじゃーん!」
私はたまに律子が苦手だ。
律子は噂好きで有名だ。内緒で社内恋愛中の2人に気づいてからというもの、噂を広めたり2人に茶々を入れたりして破局に追いやった事は記憶に新しい。
普通に付き合う分には問題ないが、なにか下手な事を発言して噂が広まらないかとヒヤヒヤしている。
「昨日さー、一緒に歩いてたイケメン誰よ?」
にんまり顔で発言する律子を見て思うのは2文字。
「最悪」だ。
「従兄弟よ従兄弟。今こっちに用があるからうちに数日泊める事にしたの」
「えー、従兄弟とはいえ妙齢の男女が二人きりってぇ」
「なんもないわよ。奴はほとんど家にいないの。うちには寝に戻るだけ。昨日はあいつのせいで食べ物足らないから無理やり荷物持ちに引っ張ってったの。分かった?」
ふぅ、とため息混じりに答える。
「彼とはなんでもないの」とかだと逆にあることないこと言い回る可能性があるから、逆に相手をこき下ろすくらいの言い方が一番いいのだ。
「じゃあなんで手を繋いでいたのよー」
「あれはただ、昔よくこうしてたよねっていう話のネタとしてやっただけ。じゃなきゃ誰があんな奴と。…私の事より、あんたはどうなのよ。少しは自分の事気にしなさいよ。他人の色恋沙汰にちょっかい出したって彼氏なんかできないわよー」
「わ、分かってるわよ!もう、ちょっと聞いただけなのに。なまえにも春が来たかと思ったら、あー残念。従兄弟とはいえあんなイケメンといるのにどんだけ理想高いのよ」
「私と付き合うなら最低でも二次元在住が必須だっつの」
「はい妄想乙ー」
なんとかごまかせたようだ。
そのイケメンが二次元在住だったなんて口が裂けても言えない。
「あ、話は変わるんだけどさぁ」
律子のころころと話を変える癖は、所謂女子トークの典型といえるだろう。
「あんさぁ、この会社の社員食堂でねぇ…」
*
「ひっく、ひっく、シャルナークさああぁぁん」
「それで怖い話聞いて眠れないって?」
「うううぅぅー!」
律子の前では我慢した。
下手に怖がって「なまえったらさぁ、泣くほど怖いの苦手なのよー!」って言い回られたら嫌だからだ。
素知らぬ振りでその後社員食堂で食事もすましたし、私にしては相当頑張ったと思っている。
「あーよしよし、頑張ったね」
「ん…」
相変わらず、シャルナークさんのなでなでは落ち着く。
私にとっての鎮静薬というかなんというか。
「シャルナークさん、あの…おねがい」
「ん?何か決まった?」
「怖いので、お布団くっつけていいですか…?」
そう言うと、シャルナークさんは「え?」と声を上げた。
「君ベッドなのに?」
「布団下に下ろします…」
「…なまえさぁ……」
ふう、と息を吐いたあと、仕方ないか。と小さく声を漏らした。
「いっしょにねる?」
「…はい」
ぽん、とチャームがひとつ増えた。
*
「シャルナークさん、遠いです!もっと近づいて下さい!」
「しようがないなぁ…」
布団2つとはいえ、隣同士になる。
「ほら、手にぎっててあげるから。これで大丈夫でしょ?」
「…はい」
「ねぇ、ひとつ俺のお願いも聞いてよ」
「…?なんですか?」
「シャルナークさんって長いでしよ。シャルって呼んでよ」
「え、でも…」
「なまえには、そう呼ばれたい気がする」
気がするってなんですか。
そんな事を呟きながら、まぶたを閉じた。
「おやすみ、シャル」
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