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「最悪‥」

デート当日だった。着る服だって新調したし、新作のグロスもチークも購入済み。何がいけなかったんだろうと考えて思い出した昨日の行動。入念に入念を期した入浴の時間が不味かったのかなあと、ふらつく頭でなんとなく後悔した。脇に挟んでいた体温計は39度と中々に高熱で、先程繋心さんに送ったメールを見ながら盛大な溜息を吐いて布団に潜る。‥折角久しぶりのデートだったのに。

病院は嫌いだなあ。でも明日から仕事があって休めないし、行っておかないと。そうして暫く唸り、観念して立ち上がろうとするとぐらりと目の前が揺れた。あ、これは倒れるぞ。頭ではそんなことを考えて慌てているが、身体が言うことを聞くわけもなく、硬いフローリングの床へとダイブした。バッターン!という大きな音は隣まで響いているんじゃないだろうか。打ち付けた腕が少し痛いが、それよりもフローリングが冷たくて気持ちいい。このまま寝てしまうのもいいなあ‥なんて思いながら瞼を閉じると、布団の上から着信音が聞こえてきた。

ああ、ごめんなさい。私はこのまま1度寝落ちることにします。

そんなことを心の中で呟きながら、私は右のほっぺたをフローリングにべたりと貼り付けた。


***


「‥‥い、おい!!!!」
「‥‥、‥‥?、なに、るっさ‥‥ッヒイ!!?」

耳元で聞こえてきた声に微睡みながら瞼を開けると、どアップで目の前に現れた顔に驚いて覚醒した。次いで出てきた声は先程より少し嗄れていて、本格的にまずいなと他人事のように考える。‥それよりも何故、繋心さんがここにいるんだろう。

「お前なあ、家の鍵はちゃんと閉めろ!びびったぞ、電話出ねえし、開けたら倒れてるし、何かあったのかと‥!!」
「け、繋心さ‥頭に響く‥‥」
「とりあえず布団!飲み物と食べれそうなやつ買ってきたから食え、うどんもあるけどゼリーとどっちがいい?!」
「もう少し音量弱めでお願いします‥」
「分かった!」

この人分かってないな。苦笑いをしていると、焦った顔が近付いてきて徐に抱きしめられた。あれ、私鍵閉め忘れていたのか。ぼんやり昨日の行動を思い出していると、突然そのまま持ち上げられた身体は寝ていたベッドの上へ埋まる。病気の時ほど人肌恋しくなる瞬間はない。‥いや、私は病気じゃなくても彼の肌はいつでも恋しいのだが。

寝かされたベッドでくったりとしていると、鰹出汁の良い匂いがしてきて少しだけ食欲が湧いた。どうやらうどんを作ってくれているらしい。さっきまでは睡眠欲だったのに、いつの間にやら食欲である。ということは、寝る前よりも調子が良いのかもしれない。‥いや、そうではない。そんなことを考えている場合ではなくて。

「繋心さん‥?」
「ん?なんだ?アクエリ飲むか?」
「え、あ、いや‥‥風邪移っちゃうので‥」
「そんなヤワじゃねえから心配すんな」

台所で料理をしながら振り向いた顔は、なんとも頼もしい。しかし本当に大丈夫なのだろうかと少しの心配、そして誰かがいるという安心感、それが繋心さんであることの喜び。なんだか嬉しくて恥ずかしくて、まるで同棲みたいなことをしているみたいで。思わずふふふと笑っていると、丁度うどんを運んできた繋心さんに顔を見られていた。

「なに笑ってんだ?」
「‥‥なんか、同棲でもしてるみたいだなあって」
「は」
「こうやって一緒にいれるなら風邪引くのも悪くないですね」
「おま‥‥、あのな‥」

机の上にうどんを置いた繋心さんが、私の言葉に詰まったのか口を閉じてしまった。あ、なんかまずいこと言ってしまった感じ‥?同棲とか、まだ付き合って半年くらいしか経ってないのに軽い女だとか思われたかもしれない。

「やだ、今の忘れてください、熱出ておかしかっただけなんで‥!!」

軽い女には思われたくない。そんな一心で否定しながら慌てて私は布団から身体を起こす。繋心さんに嫌われるなんて真っ平ごめんだ。だって、ずっと好きで、やっと付き合えることが出来たんだから。

「‥別に否定しなくていいんだけど」
「う、え?」
「俺はそのつもりでいるし」
「え‥‥、え、ええ‥‥‥へ、え、!?」
「分かったらさっさと食え!」

だから声大きいんですってば。分かりました、食べます。そうしてうどんを啜りながらじわじわと繋心さんの言葉の意味を、じわじわと心の中で解読して染み込ませる。‥いやだから、それはつまり繋心さんも私と一緒にいたいという意味で、色々考えているという意味でオッケーなんでしょうか‥?

「わ、私わんちゃん飼いたいです!」
「へいへい。まず風邪を治してからな」
「‥〜!!繋心さん〜‥!!」
「わーったから!!風邪治してからな!!!」

ぐしゃりぐしゃり。髪の毛をこれでもかと乱してくる繋心さんの掌を堪能しながら私は思いっきり抱き着いた。どうやら私の最高の幸せライフは、近い将来に実現を迎えそうである。

2017.09.17