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襲ってやる!

そんな決意を胸に早2週間が過ぎてしまったが、私は諦めていなかった。征十郎君と付き合い始めて丸1年、私はまだ彼と「そういうこと」にまで辿り着いていない。この間まではそんなこと全く気にしていなかったのだが、ここ最近友達に押されに押され、「ナマエに女としての魅力が足りないのでは」とか、「もしかして赤司君が不能なのではないのか」とか、いらぬ仮説をたてられてしまったのだ。そりゃあこっちだって腹も立てるだろう。

というわけで、ここ最近、2・3回程それとなく赤司君を誘ってみたわけだが、私の誘い方がいけないのか赤司君が疎いのか、全くそういう雰囲気になることなく終わってしまったのだ。

1度目は2人きりの保健室にて「何故この寒い季節にタイツを履いてこないんだ、風邪をひきたいのか?」という言葉に、頑張って寒空の中生足で登校してきた私に取り敢えずとばかりに差し出されたジャージ。ただただダサくて雰囲気はぶち壊し。2度目は2人きりの教室にて「グロスの色が似合っていない。ちなみに色付きは校則違反だ」とティッシュでぎゅっぎゅと拭き取られて雰囲気はぶち壊し。‥あ、待ってこれ、私の誘い方が悪いやつじゃん。思い出すのやめよ。

「‥ん、」

そうして今、悩みに悩んだ結果。私は赤司君の寮のお部屋に忍び込んでいた。私の下ではすやりと規則正しい時間帯に眠る征十郎君の姿。めっっちゃ可愛い。ちなみに、これらの全ては実渕先輩の協力のお陰である。女子よりも女子の気持ちを分かってくれる(というより、私の行動に軽く呆れていたの方が正しいのかもしれない)実渕先輩は、こっそりと周りの生徒に見つからないように、私を寮に入れてくれたのだ。

「私がここまでしたんだから、どうにか征ちゃんのことゲットしてきなさいよ?」
「どっかのモンスターゲットするみたいなこと言わないでくださいよ!」


さて。こうして部屋まで来たはいいけれど、ここからどうしていったらいいものか。はっきり言って、私は別に痴女という訳ではない。そして雑誌やネットで色々調べはしたが、事実初めてである。そういえば征十郎君は初めてなんだろうか、と、この時ふと考えてしまった。ていうかなんで今までそれを考えなかったんだろうか。友達がいうには「あれだけモテてれば1回や2回ねえ?」とは言ってたけど。人の彼氏になんて下世話な妄想をしているのか。

「‥キレー‥」

‥あの征十郎君を見下ろすなんて初めてだった。男の癖に、その辺で美容液塗ったくって頑張っている女の人よりもツヤツヤの肌とか、薄いけど皮の捲れていないまさに綺麗な唇とか。思わず本音が出た口を抑えることなく何度か呟いた。そうしてじいっと見つめた後に手を伸ばしてみる。触れる、‥瞬間だった。

「随分と可愛い強姦魔だね」
「ご、ふぐっ‥!?」
「し、聞こえる」

腕を取られてぐるりと反転したと思ったら、ぼすりと背中に柔らかい感触がした。ちょっと待て、いつから起きてました!?そう言いたかったけれど、征十郎君の掌がそれを許さなかった。さっきまでの状況とは一変、今度は私の上に、首を傾げてくすりと笑う征十郎君がいたのだ。

「誰に協力してもらったんだい?まあ‥大体察しはつくけど」
「ふえー‥」
「最近の君の行動は目に余るものがあるね」

うっ。め、目に余るなんて失礼な‥!こちとら恥を忍んでお誘いチャレンジに奮闘していただけだというのに!貴方がそれを汲んでくれないから私は!と、無駄な言い訳が頭の中で止まらない。言ったら言ったでただの痴女だというのは分かっているから。うん。

「‥俺に不安でもあるのかな。あるなら、言ってもらった方がいいんだけど」
「不安、というか‥」
「どうぞ」

まるで子供をあやすかのように、口を塞いでいた掌をどけて、その掌で私の頭を撫でた。う、うわあ‥なんだかベッドの上で頭撫でられることが物凄く恥ずかしい。こんなことで恥ずかしいとか、私は雑誌やネットで見たことなんてできない気がする。恥ずか死ぬ‥。そんなことをだらだらと考えていると、目の前で征十郎君が私の好きな顔をしてふふ、と笑った。

「ふ、‥真っ赤だよ」
「え、あ、‥あのデスね」
「うん」
「私に魅力がない、から‥‥1年経っても、征十郎君が手を出してこない、んじゃないかなあ‥と思いまして‥」
「それは誰が言ったことなのかな?」
「言った、というか‥‥そう考えるに至ったというか‥」
「それは酷い」

それは酷い?どう酷いんだ。こっちはそのことで散々友達に煽られたというのに、酷いのはどっちなんだ。女子の間では割と死活問題らしいの、そういうの。‥と、口を開いた時。間髪入れずに塞がれたそれに、私は声を失った。合わさった唇から、唐突に濡れた舌も一緒に入ってきたのだ。

「ふ、う」

征十郎君、こんなキスするんだ。いっつもほんとに軽く唇をくっ付けるだけなのに、こんな、厭らしいの。何十秒後か、何分後か経ったのか分からないが、気付いたらぬちゃ、と音がして、ほんの少しだけ唇と唇の間に距離が出来ていた。こっちは息も絶え絶えだというのに、目の前の彼は何も乱されていなくて悔しい。

「‥大事にしたかっただけだよ」
「せい、」
「どうする‥?」

どうする、なんて聞きながら、ぱさりと生地の良さそうなスウェットシャツを脱いだ彼の上半身は既に何も身に纏っていない。初めて見た。じっと見ているとじわじわと熱くなってくる顔。だめ、心臓絶対保たない。

「ナマエ、触りたい」
「や、」
「なんで、襲ってきたのはそっちじゃないか」
「ごめ、だめ、超恥ずかしい、」
「酷いな」

そんな、食べ頃みたいな顔してるのにお預け?酷く優しい顔をしながら、しょうがないなとばかりに征十郎君は私を布団の中へと押し込んだ。ぎゅう、と胸板に押し付けられて、気絶寸前。神様助けて、心臓止まる。ほんとに止まる。

「いいよ、ゆっくりで。‥周りに急かされる必要はないだろう?」

うん、その通りです。何度もこくこくと首を縦に振ったせいで、何度も征十郎君の胸板に頭をぶつけた。はああ、朝が待ち遠しいような、待ち遠しくないような‥。聞こえてないといいなあ、心臓の爆音。

2017.12.15