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「ナマエ、帰んぞ」
「大輝君」

放課後の教室、大輝君の部活が終わるのを待つ為に勉強をしていると、後ろから待ちわびていた低い声がした。ホワイトデーの日、NBAの試合が終わった後に何故か半分キレられながら告白された私は、その1週間後無事に(?)大輝君とお付き合いを始めたわけで、それももう半年が経とうとしている。あの時はなあ‥なんて昔の思い出を思い出しつつ、やっと来てくれた、とばかりに振り向いた先にいたのは、左目の瞼に絆創膏を貼った大輝君だった。

「‥それどうしたの!?」
「あ?ああ、ケガ」
「見れば分かるけど!大丈夫?!」
「バスケのリング壊しちまって、壊れた破片が飛んできただけだっつの」
「もうなんか二重の意味で怖い!目に当たらなかったからいいものの気を付けてよ!ていうかバスケのリング壊すってすごいね、というよりもおかしくない?」
「4個目」
「4個目!」

4個目壊したのか!と、驚きながらそっと大輝君の左目に手を伸ばす。ほんと危機感ないなあもう。目に当たって見えなくなったりでもしたらどうするんだ。大好きなバスケできなくなるんだぞ!そうして絆創膏に触れようとすると、じわりと滲んだ血の色にサアッと背中に悪寒が走った。そういえば瞼って中々血が止まらないとかなんだとか。

「大輝君、血!血が止まってない!」
「あ?ナマエが触ったからじゃね?」
「いやまだ触ってないから!保健室、保健室いこ!」
「保健室もう閉まってるよ。替えはさっきさつきから貰ったけど」
「私やる貸して!」

ポケットから大輝君が出した替えの絆創膏を奪うように取り上げると、持っていた自分のポケットティッシュをとりだした。消毒液がないのが心細いけど、赤く染まってきた絆創膏を変えないよりマシだ。

「慌てすぎだろ」
「慌てるよ!絆創膏変えるからちょっと目瞑ってて」
「いいって」
「駄目!」
「おい、」

私の座ってた席に無理矢理座らせて、諦めたように目を閉じた大輝君に顔を近付けた。‥付き合ってから初めて、こんなに顔を近付けた気がする。付き合ってからのキスはまだしたことないし、何度かそういう雰囲気になったことはあった。けど、‥けど、だ。考えてもみろ、今は怪我の治療中なのだ。絆創膏を変えようとしているだけなのだ。そんな不埒なことを考えててはいけない。

「なあ、お前なにやってんの。絆創膏替えねーの?」
「替えますっ!」
「早くしろよ」

誰の為に替えてあげようとしていると思ってんだ。‥と、文句を言いたくなった口を閉じる。そうしてティッシュを一枚丸めて瞼に近付けると、絆創膏を剥がして血が流れないように押さえつけた。‥ちょっと。結構傷口深いみたいなんですけど。

「あ」
「あ?」
「新しい絆創膏、剥がしてもらっていい?片手使えなくなっちゃった‥」
「先に用意しとけよ」
「仰る通りですよね。分かってます。はい!」

意地悪な奴だなあ。むすりとしながらぽん、と大輝君の掌に新しい絆創膏を置くと、閉じていた瞳がすうっと開くのが見えた。

「「あ」」

ぱちり。僅か数センチの距離で目が合って、同時に声も重なる。‥大輝君って真っ黒の肌の癖に、肌の荒れなんて1つもない。切れ長の目は近くで見れば余計に魅力的で、勝手に誘惑されてしまいそうで。ドキリと大きく鳴った心臓が大輝君に聞こえていないか心配だ。

「‥近えよ」
「う、うん、‥‥嫌、‥だったり‥?」
「‥‥なんだそれ」
「だって眉間の皺‥」
「‥嫌な訳ねーだろ」
「へっ」
「これでも緊張してんだけど」

ふい、と視線だけを外して舌打ちをした大輝君に、私は大きく目を見開いた。緊張。なんか、ホワイトデーの時以上に緊張してたりする?‥なんかそう考えたら大輝君のことが凄く可愛く見えてきた。そのせいだろう、なんだか無性に頬っぺたにキスがしたくなって、無意識で頬に自分の唇を近付けた。

「‥。?!おまっ‥なにやってんだよバカ!!!」
「は‥‥えっ!?ぎゃああ!!ごめ、えっ!!?」

私今!!!何を!!!して!!!した!!?

一瞬で後退って手を離した瞬間、瞼を押さえていた血が流れ出す。とは言え、自分が何をしたのかなんて分かっているし、無下に大輝君に手が出せなくなった。私って変態だったんだとここで認識。そしてなんか凹んだ。さらに言えばこの状況をどうしたらいいか分からなくて、とりあえず大輝君には綺麗なティッシュを投げつけた。

「ふざけんなコラ!テメー最後まで責任持てよ!!どーすんだこの血!!!」
「ごめんなんか無理今は無理ごめん!!!!」
「ハア!?無理じゃねーよ!!しかもチューすんならちゃんとしろ!!」

直接的な表現に思わず顔を赤面させると、そんな表現を使った大輝君も同じく顔を赤らめた。チューだって。天下のキセキの世代エースがチュー。沈黙の後に一息遅れて吹き出すと、ピキリとこめかみが軋んだ音が聞こえた気がした。

その後、大輝君が教室で私を襲っているという現場を3年生の今吉先輩に見られて、さつきちゃんというボディーガードに数週間程守られていたというのは、また別のお話である。

2017.06.07