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顔に出る、とか分かりやすい、とか。あんまり人に言われることはない。逆ならばよくある。けれど、山口は僕の機嫌が良いとか悪いとかが分かるらしい。でも、山口なんてその辺の奴らとは比べ物にならない程に僕との付き合いが長いのだからそれはそれで当たり前なんじゃないの。‥‥と、至極どうでもいいことを考えていたのには理由があった。

「月島、最近なんかあったべ?」

高校を卒業し大学生となった彼は、久しぶりに部活に顔を見せたと思ったら、OBとしてコートで散々はしゃいだ挙句、休憩で僕の隣に座りそう言いのけたのだ。ぴょこりと跳ねていた頭の上を踊る髪の毛があるのは変わっていない。ついでに、人のことをよく観察する癖も変わっていない、‥ということか。

「なんか、と言われましても」
「なんか雰囲気柔らかくなった感じするんだよなー。ツンケンしてた針が丸くなったような」
「そんなに尖ってた覚えはありませんケドね」
「分かりやすく説明しただけだろー?」

にひひと悪戯に笑った菅原さんは自分のスクイズボトルを口につけて、休憩中にも関わらずトス&スパイクをし始めた日向と王様に視線を向けた。

あいつら変わんないな。そうですね、もう慣れましたけど。山口も随分後輩に好かれてるみたいで。ああいう性格ですから。まあ、1番普通だもんなあ。‥菅原さんそれどう言う意味ですか?月島は後輩をいじめてそうだべ?しませんよそんなこと。へえ?

適度に交わす会話の中、タオルの上に置いていたiPhoneがブルブルと震えていたが、菅原さんは気付いてない様子だ。なに食わぬ素振りでちらりと視線を下に落としながら、菅原さんの「月島、最近なんかあったべ?」の言葉の意味を引き続き考えていると、画面に映し出されていた名前に思わず目を見開いてしまった。

「月島?」

この人、仕事中じゃないのか?困惑していると、こちらに乗り出してこようとしている菅原さんが顔の横に。慌ててiPhoneを裏返して平静を装うと、眼鏡を掛け直すフリをして立ち上がった。

「ナマエさんって女の子の名前、だよな‥」

ぎくり。間一髪で隠せたと思ったのに見えてしまっていたのか、驚いたような声が聞こえた。というか僕も驚いたけど、それよりもだ。

「月島も女の子と連絡先交換とかすんだなあ」
「菅原さんだってするんじゃないですか、女の子と連絡先交換くらい」
「するけど、メールや電話くらいであからさまに隠したりしねえべ」

それは確かにそうだな。と、自分のことながら納得して後悔が襲う。そうだよ、なんでわざわざ隠したんだよ僕。見られたって適当にごまかしておけばよかったじゃないか。いや、だけど一連の流れは確かに僕が悪いけど、このタイミングでナマエさんがメールを送ってくるからいけないんじゃないのか?

「で?なに、彼女?」
「違います」
「ほう?じゃああれ?月島がお熱なんか?」
「いや、だからそんなんじゃないというか、」
「じゃあ友達?」

友達?そう聞かれても全くしっくり来なくて言葉に詰まる。そもそもナマエさんは歳上で大学生で、かつミュージシャンという仕事をしているのだ。知り合ったのだって偶然が重なっただけであって、友達なんて括りにできるわけがない。かといって先輩でもない。つまり僕の中でナマエさんはもう、単語4文字でしか表すことが出来ない人なのだ。‥残念ながら。

「月島は素直じゃねえなあ〜。そんな顔して」
「‥‥」
「そんなんだと気付いてもらうことなく誰かに取られちゃうぞ〜」

ニヤニヤした菅原さんの顔が瞳に映って、思わず口が歪む。取られちゃうぞって、そんなこと言われなくても分かってる。そもそも、なんの変哲もないただの普通の高校生の僕にナマエさんが振り向くことなんかあるわけがないんだから。

「僕でも可能性とか。‥‥あると思いますか」
「!」

それでも、諦めるという言葉を既に忘れてしまっているらしい僕は、頭の中に彼女の天真爛漫な笑顔を浮かべてしまっていて、そして口を無造作に動かしていた。誰かに取られる?‥取られるくらいなら、カッコ悪く足掻いてみるのもいいのかもしれない。

「‥好きな人、なんで」

‥ああ、ここにいたのが菅原さんで助かった。うおお、なんて言われてぐしゃぐしゃにされた髪の毛を片手で直しながら、こっそりとナマエさんのラインを見てゆっくり頬を緩ませた。"好きな人"とか。‥案外と口に出すのは勇気もいるが、気持ちの良いものだ。

2017.10.13