「ナーイスキーキャプテン!」
「虎侑もナイスカバー、助かったよ」

あれ、ミスじゃなかったっけか?と、虎侑サンの出ている練習試合を観ながら首を傾げていると、おおっと隣で歓声が上がった。勿論声の主は笠松先輩で、やるなあなんて珍しくも褒め言葉。俺そんなこと言われたことないっスけど。上がったレシーブは虎侑サンの真逆へ飛んでいったのにも関わらず、迷いのなかった一歩と選択肢。大きく弧を描いた距離の長いトスは少しだけネットに近いんじゃないかと思ったが、どうやらその距離が打ちやすかったらしい。

「虎侑サンよく見えてるんスねえ‥」
「あのトス上げる奴はポイントガードみたいなもんなんだろーな」
「笠松先輩バレー詳しいんスか?」
「体育の授業でやるだろーが。細けえことはあんま分かんねえけど、ルールはざっくりと把握してんだよ」
「フーン‥」

今度は海常ボールで、誠凛にサーブが打ち込まれた。そうして以前雑誌で見た兎佐という女の子がボールを上げる。‥いや、上げたのだが、なんにせよそのボールに高さはない。騒がれててもミスる人はミスるんだなあなんてぼんやり観戦していると、その僅かな隙間に潜り込んだ、またしても迷いのない1歩目。

「え‥?」

その高さで来ることが分かっていたかのような素早い反応の速さに、ぞくりと背筋が震えた。いや、普通あんなの無理なんじゃねーの。それに、一瞬見えた兎佐っていう子とのアイコンタクトでニッと笑った時の、信頼に満ち溢れた自信満々な顔が頭にこびり付いて離れない。なんだよ、あの子。男よりかっこいいんじゃないスか‥?

「油断しない!!!ブロックちゃんと見て!!!」

如月サンのキンとした大きな声で、一瞬海常に緊張が走ったように見えた瞬間、トスし易いであろう方向とは逆へとボールが上がった。そっちかよ!という声はまた隣から。そして多分不意打ちをくらって驚いているのは、コートの中も、だったらしい。大きくボールがバウンドした瞬間鳴った笛の音に、大きな困惑を見せるのは海常だったけど、それと同様に驚いていたのも誠凛だった。

「だからなんかサインだしてやってって!サイン!」
「ごめんなさい忘れてましたナイスキー水上先輩!」
「虎侑、まだ皆奇襲トス慣れてないんだから。ここは昔あんたのいたチームじゃないんだよ。兎佐も」
「すみません‥つい‥」
「如月が前言ってた獣人ってあの2人だっけ‥?」
「そ。全く‥味方になるのと敵になるのとでは大きく違うわね‥対応に困るわ〜‥」

如月サンの実力はよく知っているつもりだ。笠松先輩と仲が良いし、練習試合もたまにだけど観ることがある。試合でも圧倒的な存在感を醸し出しているし、何より見ていても強いと思う。相手に苦い顔をしている所も見たことがないし、ゆるりとした余裕を常に持っているイメージだ。‥今までだったら。

「誠凛にあの2人がいる情報さえ持っていればもうちょっと対策立てられたんだけど‥とりあえずブロックはむやみやたらに飛ばないで。レシーブの邪魔になるから少しでも迷ったらフリーで打たせて良いわ。後ろには勢田が構えてるから大丈夫。矢岳、ボールはどんな形でもいいから一旦私に集めてくれる?」
「ヒィッ‥?」
「分かった。‥けど、なんとかなるの?あれ‥攻撃までのスパン短いからすぐに対応が‥」
「なんとかするわよ。‥一応私、1年間は2人を見てきたんだからね。‥」

如月サンが少しでも焦っている姿を見たことがなくて、そしてそれをさせているのがあの2人で、多分主に敵視しているのが虎侑サンだと思う。それよりなんだ、この心臓が煩い感じ。青峰っちのバスケを初めて見た時みたいな、黒子っちに初めて度肝抜かれた時みたいな昂ぶる気持ちは。

「ねえ、あんまり暴走しない方がいいんじゃないの?」
「暴走?してるワケないじゃんか。何言ってんの鷹島」
「説得力ないんだけど」
「練習試合。そりゃ勝ちたいけどそれ以上に私がやんなきゃいけないことは、試合中どれだけ周りが戦えるのか見ること。私がどれだけ落ち着いて試合運びができるか確認すること。今分かったことは、水上先輩は想定外のことが起きてもある程度は対処してくる器用さがあるということ。‥ね、これって大事なことじゃない?」
「‥‥は、まさか、アンタさっきのわざと‥」

多分、虎侑サンに対して聞き耳を立てすぎたのかもしれない。けれど、聞こえてきた声に俺は目を丸くするしかなかった。‥試合中、どれだけの情報を収集しようとしてるんだ、この子。‥今度はニッと笑った不敵な笑みだ。

‥やべ、なんかめちゃくちゃかっこいいんだけど。

2017.07.29

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