「なんで並ばなかったの!サイン要らないの!?」
「要らないです」

喜美加の幻覚は本物だった。驚きすぎて固まっていると、体育館にそっと入ってきた金髪改め黄瀬涼太は、あれよあれよと言う間に女子に囲まれサイン攻め。どうしてここにいるんだろう。まさか転校でもしてきたのだろうか。それはそれで最悪だと思っていたら、水上先輩が私にサインの書かれた色紙を指差して怒っている。どうして怒られなければならない。黄瀬涼太のサインなど要らぬ。

「水上先輩は黄瀬涼太みたいな感じが好きなんですか?」
「むしろなんで虎侑が眼鏡に拘るのか理解できない」
「嘘だ!!」
「こら虎侑!!ブラだけで暴れない!!」

おおっと、キャプテンも怒ってる。いや当たり前か。脱いだ練習着を放り投げて水上先輩に噛み付いたんだから。女子しかいないからこそ出来る芸当である。慌てて練習着を手に取ると、部活用のバッグに詰め込んで笑って誤魔化した。‥って、皆もう着替え終わってるんだけど早くない!!?

「トラちゃんは興味ないだろうけど、私は興味あるから黄瀬涼太見に行くー」
「私もー」
「私も」

そう言いながらゾロゾロと足早に部室を去って行く仲間達を見て思う。ミーハーか。ホント、こんな所まで何しに来たんだ黄瀬涼太。用事があるならさっさと済ませてほしいところだ。‥と、ふとここで気付いたがウサギがいない。さっきまでキャプテンと喋っていた気がするけど。まさか‥黄瀬涼太を見に行ったとでも‥?

「兎佐ならついさっき出てったよ」
「キャプテン!皆と一緒に行ったのかとばかり思ってました!」
「まあ興味あるけどねー。イケメンモデルなんて滅多にお目にかかれないし」
「はあ。と、あの、キャプテンさっきウサギと喋ってましたよね。どこ行ったか知りません?」
「さあ?慌ててたみたいだったけど」
「なにそれ珍しいな‥」

私を置いて帰るなんて酷い。いや帰ったのかは知らないけども。制服に着替え終わって帰る支度を済ませると、キャプテンに挨拶をしてドアノブに手をかけた。今日のご飯はなんだろうなー。カレーがいいなあなんてぼんやり思っていた所で大きな歓声が聞こえた。‥ってかうるさっ!!

「‥にしてもこんな所まで何しにきたんだろうね、黄瀬涼太」
「それは私が聞きたいですよ‥」
「‥‥?なんか知り合いっぽい言い方だね」
「いや!全然。全然知り合いじゃないです」
「ふーん?まああんただったら知り合いでもおかしくないんだろうけどね。中学同じらしいし」
「だから、それ知らなかったですってば」

ほんとズレてるなー。ケラケラと笑いながら制服に着替え終えたキャプテンが、じゃあねと言いながら私の背中をトンッと軽く押した。握っていたドアノブを回して部室を出る。‥そう言えば、2ヶ月後にインターハイがあると噂で聞いたけどどうなんだろうか。日にちは?練習試合は?スタメンは?ベンチは?‥セッターは?

「ーーまだ皆には言ってないけど、再来週練習試合の予定なんだよね」
「え‥‥、ど!どことですか!!?」
「海常高校」
「‥‥‥え」
「めんどくさそうでしょ。なんか色々」

先輩の遠い目がすごい。成る程とばかりに首を縦に振ると、同時に大きく溜息を吐いた。黄瀬涼太パワーでやる気が違うところに行かなければいいが。‥まあ、よっぽど大丈夫だとは思っているけど。

2017.03.07

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