「あー美味しかったあ」
「陽菜子っちのせいで火傷した舌痛いっス‥」
「よわ」
「誰のせいだと!」

ビーフシチューは文句無しで美味しかったし、その後にマスターが出してくれた試作品の新しいマフィンも最高だった。黄瀬涼太‥改め黄瀬君がお声掛けしてくれたことに関しては素直にありがとうというところだ。じとじととこちらを見て、舌をうへえと出す姿にくすくすと笑っていると、仔犬みたいにぷんぷんと怒りだした。おっきい癖に、一々仕草が可愛いくてむかつく奴だ。‥まあだけど。

「今日はありがとね、誘ってくれて」
「へ?いやっ‥誘ったのはそもそもマスターなんで、俺は別に、」
「まあそうだけどさ。でも黄瀬君がちゃんと誘ってくれなかったら行けなかったでしょ?だから」
「‥いや、まあそうなんスけど‥」

彼はそう言って地面に転がっていた大きめの石をこつんと蹴り上げると、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻いた。そうして見えた顔は、ぐにゃぐにゃと何かを言いたそうに歪んでいる。私、そんな顔をさせるようなこと何か言ったっけ?よく分からないが、気にしないでいいか。そんなことを思っていた数分後、何かぼそりと音が聞こえた。声なのか、風の音なのか、騒音なのか。気になってくるりと隣に首を向けてみると、ヤベッ、みたいな顔をした彼の顔と、焦る瞳。‥こいつ、今絶対私の悪口言ってたな?

「何か言いたいことあるならいいなさいよ」
「イヤッ!違うんスよ、悪意ないっス!!」
「あってたまるか」
「‥陽菜子っちに素直にお礼言われるなんて思ってなかったから拍子抜けしたというか」
「あんたは私をなんだと思ってんのよ!お礼くらい言うわ!」
「だって気ィ強いじゃないっスかあ〜!!」

ひいっとあからさまにびびって、ひゅんと泣き真似をしながら自分の体の前でばってんをすると、暴力禁止!みたいなポーズを取る彼になんとなく腹が立った。こっちは恋する乙女で、ちゃんとした女の子だ。そもそも気が強い自覚はない!人を見た目で判断してるんだかなんだか知らないけど、こいつホントに大概失礼な奴だな!

そうしてそのまま、特に話題も増えるわけでもなく適当に会話を続けていると、途中でそう言えばと足が止まった。黄瀬君、ずっと私の隣を歩いているけれども、家はこっちなのだろうか。例えば今ファンの子に見つかったら、私は刺されるのではないだろうか。‥いやいやそれだけは勘弁してほしい。私はまだやりたいこともいっぱいあるし日向先輩とも進展していないのだから、変な噂を立てられるのはごめんなのだ。

「‥ねえ、黄瀬君家どっち?」
「あっちっスよ」
「は!!?なにそれなんでここまで付いてきたの!?」
「いや、女の子1人で帰らせるなんてできないでしょ」
「うーわ、女の子に毎回そんなこと言ってポイント稼いでんの?逆に関心する」
「したことないっスよそんなこと」

いや何言ってんだこいつ。まさに今、女である私を1人で帰らせるなんてできないって言ったじゃん。その矛盾なんなのよ。別に変なことなにも言ってないけど、みたいなきょとんとした顔をする黄瀬君に、なんだかこっちが拍子抜けしちゃって、ぽかんと口を開けて彼の顔を見つめるしかできない。そんな私の思考に気付いているのかいないのか分からないが、また一息ついた彼は、首の後ろに手を当てて左に頭を少し傾けた。

「どーでもいい子にそんなことする程優しくないっスよ、オレ」

ちょっとした言葉の暴力である。なんとも思っていなかったただの男の子にそんなことを言われて、ほんの少しでもドキッとしない女の子がいるなら私はその子に拍手喝采だ。びっくりするくらいストレートで、びっくりするくらいの馬鹿野郎。

「今日も思ったっスけど、陽菜子っちはなんか楽っすわ〜、一緒にいると力抜ける」
「‥さっきまでちょっと怒ってた癖に」
「それも込みで!」
「ドM」
「容赦ない!!!」

今度はぎゃーん!とべそをかいたあと、すぐさまけろっとにこにこしたりと喜怒哀楽の分かりやすく表現する彼は、鼻歌を歌いながら私のペースに合わせて少し前を歩く。ちょっぴり心臓が大きく動いたのはきっと一瞬の気の迷いだ。だって日向先輩の方が、全てにおいて絶対素敵なんだから。

2018.04.29

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