こいつ、女の子みたいにマメだ。ちょっと面倒臭い。おいおい日にちは決めようって言ったのに、この日はどう?この日はどう?ってぽんぽこぽんぽことラインが飛んでくる。どんだけマフィン食べるの楽しみにしてんの。

そうして思っていたよりも早く、だいぶ早く決まった黄瀬涼太とマフィンを食べる密会の為に、私はお店のすぐ近くまで来ていた。横断歩道で立往生してはいるが、待ち合わせまではあと1分くらいある。黄瀬涼太は時間の管理とか杜撰そうだけどな。10分遅刻したらお店で1番高いもの奢ってもらおうっと。お腹空いてるし、ランチとかなんかなかったっけなあ。

ぐう、と鳴り始めたお腹を押さえながら扉の前に立つと、CLOSEと表記された小さな木の板がど真ん中にぶら下がっているのが見えた。‥あれ、ちょっとまって、なんで閉まってんの?約束した日って今日だよね?鞄に入っているiPhoneを取り出して、予定を何度も確認する。うん、メールは今日になってる。じゃあなんで。まさかあれだけラインをしておいて「は?あれ本気にしたんスか?」とかないよね。‥ないよね?!慌てて電話をしようと通話ボタンを押したが、その瞬間目の前の扉が大きく開いていた。

「さっきからなーに扉の前に棒立ちしてるんスか‥‥って何電話かけちゃってんの?」
「え‥いやだって‥CLOSEって‥扉に‥」
「マスターに閉めてもらったんスよ。誰か来ると面倒なことになるじゃないスか」
「こんにちは陽菜子ちゃん。今日は涼太君がお店ほしいって言ってきたから全部奢りだよ」
「えっ!マスター奢ってくれるんスか!」
「お店に迷惑かけてるんだから、奢るべきは涼太君だろう?」
「エッ、そんな、」

2人でわいわいと喋っているのを聞きながら、ああ〜となんとなく話の内容を理解した。どうやらこの貸し切り状態を作ったのは黄瀬涼太らしい。そうですね、一応芸能人ですもんね、一応。じゃあマスターの御言葉に甘えて1番良いランチ奢ってもらおうっと。しゅんと萎んだ背中の隣に腰掛けて、目の前のメニューを取った。

おすすめはミートグラタンのセット。パン2つと、好きなドリンクが1つ付いてくるらしい。1番高いのはじっくり煮込んだビーフシチューらしい。迷わずこっちにしたいけど、気分はミートグラタンだ。

「なにがっつりランチ食べるつもりでいるんスか!!」
「いいじゃん。稼いでるんでしょー?可愛い女の子が来てるんだから奢っても損はないよ」
「なんで自分で可愛いとか言ってんだよ‥」
「なんか言った?」
「イエッ」

悪いけど聞こえてたからな。なんにする?のマスターの声に、ミートグラタンを指差すのをやめて、ビーフシチューのメニューに手を伸ばした。うわ、すっごい嫌な顔してる。残念でしたとばかりに、べえと舌を出した。飲み物はアイスミルクティーで、ミルクたくさん入ってるのがいいですって言ったら、マスターは女の子だなあって笑って、カウンターの奥へと下がっていく。‥ねえ、どんだけぐずってんのこの人。

「黄瀬涼太君、顔やばいよ」
「フルネームやめて!いつまでそんな他人行儀!」
「他人だもん」
「黄瀬君とか涼太君にしてほしいっス!」
「黄瀬君ね」
「そう!」

さっきまでぷんとしていた顔が消えて、お尻から尻尾を振っている。‥みたいに、楽しそうに体を揺らしている。黄瀬君は何も食べなくていいのだろうかと思ったけど、既に何かを食べた後だったらしい。汚れたお皿が1つ、カウンター席から見えていたから多分そうだ。‥ちょっと待って。じゃあこいつは一体いつからここに来ていたんだろうか。暇だったのかな。

考えていたことをそっと口に出す暇もなく、黄瀬君のマシンガントークが始まって数10分後、良い匂いを纏ったビーフシチューが机の上に乗っかった。ごろごろしたお肉と、とろとろに溶けた玉ねぎと、濃いめのルー。お腹はいつの間にかビーフシチューを納める準備を終えていて、また鳴った。

「えー、めっちゃ美味そう〜!」
「食べる?」
「ほんと!いいの!?」
「まあ黄瀬君のお金だしね」
「そう言われると‥なんか‥」

まあいいっか。‥じゃあ少しちょーだい。ぱかっと開けた口で止まった彼に、私の目が点になった。なんで自分で食べないの。マスターにスプーンもう1個貰いなさいよ。そのつもりで睨みつけたつもりなのに、目の前のそいつは何を勘違いしたのか、可笑しそうに笑っている。

「そんな恥ずかしがんなくても」
「いや、恥ずかしがってないし」
「気付いてないの?頬っぺた赤いけど」
「はあ!?」

そんなわけないし!食べさせるのが恥ずかしいとかそんなんじゃないし!勘違いさせているらしいということが少しムカついて、ビーフシチューとご飯を思い切りすくい取って、スプーンの上にもりもりと乗せた。どろっと溶けた玉ねぎが落ちる前に、ずぼっと彼の口の中へ押し込むと、大きく悲鳴を上げて噎せて、涙目になっていることに今度は私が笑ってやった。

「ふぁっ、ふ!!ふぁひふふ!?」
「勘違いモデル爆発しろ」
「ひほ!」
「何言ってるかわかんな‥ふふふ、茶色いのめっちゃついてる‥‥うっ、ふへへ!」

綺麗な顔に、ビーフシチューの茶色。子供みたいで思わず変な笑い声が出た。なんだよもうってごしごしとお手拭きで口元を拭いた彼も、私の変な笑い声でまた笑っていた。

2018.03.17

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