練習試合の翌日、そろそろお風呂に入って来ようかと思っていたところに、見覚えのある名前からラインがきた。はた、と思い出した瞬間に大きく溜息を吐いてしまったけど、しょうがないと思いながら既読をするあたり、私は出来た後輩だと思う。まさか本当に連絡が来るとは思わなかったから少しだけ吃驚して、そして面倒くさいなあと一度画面をオフにした。

ねえ、トラいつ暇?

いつでもなんでもどんな時でも直球な如月先輩は、この間ぶりとか久しぶりとか、なんの挨拶もなく聞きたいことだけをメールにする。そういうとこ全然変わってない。予定を調べるのがなんとなく億劫になって、どうしようかなあと考えながらとりあえずお風呂に向かうことにした。ウサギとか誘ったら来るかな。‥いや来ないに1票だな。

「お風呂早く入っちゃいなさいよ」
「今から入るー」

大きなソファで隣同士、仲良くテレビ鑑賞をする両親は毎度のことながら随分と楽しそうだ。邪魔をしないようにそっとお風呂場の扉を閉めて、いつものように溜めてもらった湯船に浸かった。いちゃつくなら娘のいないところで頼む。ほんと、頼むから。

明日の練習きついかな。きつくても日向先輩いれば全然乗り越えられるんだけど、バスケ部って練習あるんだろうか。そういえば、ウサギは黒子君とどうなってんだろ。やっぱあれ恋だよね、恋。分かる。私も恋してるもん。ちゃぷちゃぷとお湯を揺らしてぼやっとしていると、防水ケースに入れていたiPhoneがぶるぶると震えていた。誰だ、と思う間も無く先程も見た名前が画面に映って、鼻まで浸かった所からぶくぶくと思い切り空気を吐き出した。

既読無視しないで!

返事が貰えないとすぐ返事の催促をするのやめた方がいいと思うけど、それが言えないのはやはり一応先輩だから。参ったなあ。もーめんどくさい。やばい。めんどくさい!でも、既読無視しないで!も既読してしまったから何か返しておかないと拗ねるかも‥。取り敢えず、何か理由をつけて断りのメールを入れておこうっと。そう打つつもりでアプリを開くと、ぽこんともう1件ラインの通知がきて僅かに戦慄。流石に細かいぞ。私が彼氏だったらこいつめんどくせーってなるぞ。いやなってるけど。‥そう思っていたら。

黄瀬涼太っス!陽菜子っちにちょっとお願いがあるんスけどメールください!

「がぼぼっ」

あ、危ない!溺れる溺れる!てかなんでID知ってんの、友達登録なんてしたっけ!?どぼんと湯船の中にiPhoneを落としてしまったけど、防水ケースだからなんの問題もない。ない、けれども。私、ちょっと既読付けないように気をつけないとなあって考えながら、本当に本人かも分からないキラキラした自画像アイコンを見てつい笑ってしまった。これ自分で加工したの?だったら笑うんだけど。

誰ですか?
だから!黄瀬涼太っス!
証拠をお願いします
自撮りだったら信じる?
この間海常高校であった海常対誠凛女子バレーの練習試合、セット数は?
4セットで引き分け!

よく覚えてんな。問題出したこっちが吃驚したわ。そこを答えられたら信じるしかなくて、諦めて本人だと思うことにした次の瞬間返信していないはずなのにまたラインが届いた。もう今日なんなの、なんでこんなにぴこぴこぴこぴこライン通知ばっかり!

「‥って、電話じゃん!」

ぴこぴこしていたのは電話の通知をお知らせしている画面で、主は黄瀬涼太。‥そもそもなんで私にお願いがあるというのか。なんだか嫌な予感しかしないけれど、いつまで経っても鳴り止まないし、電話の方が話しが早いと思って画面をタップした。‥あ、やば、私お風呂入ってたんだった。

『あ!久しぶりっス〜陽菜子っち!』
「用件は手短かにお願いします〜」
『なんかすごい反響して‥え、風呂?』
「そうですけど」
『まじで?やらしいっスね〜』
「そんなに仲良くないんだから冗談言うんだったら切る」
『ひどい!』

そもそも雑談はいいから用事があるなら早く済ませてくれ。お風呂場の向こうで談笑する両親の声をこっそり盗み聞きしながら早く終わらせろと急かしていると、んふふと気持ち悪い笑い声に背筋が震えた。なんなの怖い。

『最初にオレと会ったカフェ、覚えてる?』
「へ?あー、マフィン美味しかったとこ?」
『あの時のマフィン、売れ行きめちゃくちゃ良いって言ってて。それで、また新作作ったから食べにおいでってマスターから連絡あったんスよ〜』
「え、ほんと?」
『一緒においでって言ってたから、休み合ったら一緒に行かないっスか?』

えー。黄瀬涼太と一緒はちょっと勘弁してほしいー。別の人誘って行くから勝手に行っていいよ。そんな寂しいこと言わないでっ!キーンと耳に響いた声で、ちょっぴり頭が痛い。だってあんたと一緒に行ったら目立つじゃんと突き放したら、可哀想な仔犬みたいな声を出し始めたので、しょうがないからカフェで待ち合わせすることを条件に渋々了承した。逆上せるから一旦通話を切って、日にちは追って決めようと文章を打った後、めちゃくちゃ可愛いラインスタンプがすぐに飛んできて苦笑いだ。‥あ、先輩にラインまだ返してないわ。

2018.02.28

prev | list | next