椎菜李沙。バレーをやっている奴なら多くは知っているだろう名前かもしれない。少なくとも俺は知っていた。兵庫県の強豪中学でセッターをやっていた女の子の名前だ。そいつが音駒に入ってきた時は心底驚いたが、経緯には納得した。所詮俺達は子供だからしょうがないことだと思う。

「あれ、まーた1人自主練ですか?今日女バレ休みでしょ」
「黒尾先輩」

黒尾先輩、と体育館に響いた声はいつもと同じように力強い。力強いというか、自信に満ち溢れている声というか、なんというか。うちの高校は女子バレーに力は入っていないみたいだから、宝の持ち腐れといえばそうだ。至極勿体無いと思う。こいつが男子だったら是非うちに欲しい。‥いや、セッターには研磨がいるから他のポジションにでも是非。

「男子来るまでやってていいでしょ?」
「まあいいけど。なんつーか、お前友達ちゃんと作ってるー?」
「いらない。また転校したら嫌だから」
「オイオイそんなこと言って俺は?」
「黒尾先輩は先輩だから違うの。あ、暇なら対人パスしない?」
「お前はほんとに猫みたいな奴だな‥」
「嫌いじゃない癖に」
「へーへー。付き合いますよお嬢さん」

嫌いじゃない。ごもっともだ。むしろ出会った時から一目惚れだ。容姿端麗って四字熟語は誰が作ったんだ、天才だろ。まさに彼女を表す言葉だと感じた。李沙ちゃんは掴めなくて、でもそこがいい。たまに弱く見えてしまうところに、つい守ってあげたい焦燥にもかられる。そうして、掴めない癖に、遠くに住む彼氏に一途なのだ。彼氏が羨ましいと思っていたら、今現在高校No1セッターの呼び声高い人物が彼氏だと言うからもっと驚きだ。

「明日、会うんだろ」
「うん。会える」
「やっぱ嬉しいわけ?」
「嬉しいよ。大好きだからね」
「惚気ないでもらえます?」
「黒尾先輩にしか惚気られないから許してよ」

ほら、そうやって小悪魔みたいに微笑むから。俺そういう李沙ちゃんの顔に弱いんだって。今までだって付き合ってきた女の子は何人かいたけど、こんなに色気を含んだ笑い方する子は見たことがない。しかも、俺よりも2つ歳下なのにだ。よっぽど今の彼氏に仕込まれ‥‥いや下世話か、そして自分で言っておいて傷付くわ。

「黒尾先輩は?彼女いないの?」
「今はいねーなあ。部活優先させたら皆離れてったし、中々上手くいかねーんだよ」
「バレーと私、どっちが大事なの?みたいな修羅場とかあった?」
「そんな修羅場ねーわ。‥まあでも、俺が熱くなれなかったんだろうなー」
「黒尾先輩冷めてそうだもんね」
「そりゃ相手によるだろ」

バシンとスパイクを打ったボールは、何度も綺麗に弧を描いて戻ってくる。やっぱり、トスだけじゃない、レシーブも申し分ないくらい上手い。これだけの実力がありながら実力を発揮できない場所にいることは、やはり勿体無いと思う。そして、これだけ好きな彼氏がいて、その彼氏が近くにいないということも、きっと悲しいのだろう。

「やっくん来たらトスあげろよ。ちょっと打ちたい気分だわ」
「黒尾先輩熱い男ですネ。でもそういうの私すごく好きです」
「そりゃドーモ」

サラッと笑顔を向ける彼女に、何度だって心に蓋をすることができる。俺のちっぽけな想いなんて伝えられなくたって充分だ。誰かを想い続ける李沙ちゃんを静かに見守ることができれば、それで。

2017.04.27

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