「ごめんなさい。‥‥私、彼氏いるの」

今月に入って何回目かの告白、そして相手の悲しそうな顔を見るのも同じ数だけ。私に彼氏がいるなんて、正直誰も多分思っていないだろう。遠距離なんだから当たり前だ。‥なんて、知ってる人ももちろんいる訳ではあるけど。

「‥本当に?でも誰も見たことないって言うけど。椎菜さんの彼氏」
「うん。でも本当のことだから。その人以外の人なんて考えられない」

それだけ言うと、ぼんやりと立ったままの彼を残して立ち去った。本当のことだから言った。別に嘘じゃない。彼がバレー界で有名人だからって、隠してるわけでもないし。まあ、名前なんてさらさら言ってもあげないけど。

「モテますね〜李沙ちゃんはホント。入学式から何人目?」
「黒尾先輩覗き見ですか?趣味悪くて引く」
「うわ、辛辣。俺先輩なのに」

壁際から聞こえた声に視線を寄せると、もたれ掛かってニヤニヤしている黒尾先輩がいた。元々兵庫の学校に行っていた私は、中学3年の時に東京へ転校してきたのだが、その時には既に今の彼氏とお付き合いをしていた。今では名高い高校No.1セッターだとかいう、宮侑。同じくバレー部にいた私は、兵庫県ではNo.1とか言われていたが、宮君には敵うはずもない。付き合うようになったのだって、宮君にうまーく転がされただけだ。

‥って、この男はそれもよく知っている。この学校に入ってから多分、彼とは1番よく喋っているから。

「今月は会えるわけ?」
「うん。2週間ぶり」
「結構遠いのに中々スパン開かないよね君ら」
「黒尾先輩、目の前から夜久先輩が見えるよ」
「話し逸らすのも相変わらず上手だねえ‥」

迎えにきた夜久先輩に手を振って、じゃあまたねと頭を撫でられる。黒尾先輩だって結構かっこいいし掴めない性格してるけど、宮君ほどじゃない。上手く転がされた私は、今も上手いことしてやられていると思う。駆け引きが上手というより、2人だけになったらとことん甘やかされるというか。いや、話しを聞いたら、それはいじめられているだけではと思うかもしれないけど、それが堪らないのだ。

「あ‥‥宮君だ‥」

ただの電話でさえも心が嬉しさで騒めく。こんな私はこの学校の人には見せられない。通話ボタンを押して周りを確認した。

「‥宮君?」
『なんや、部活は』
「電話してきといてそれはちょっとよく分からないんだけど」
『ははっ、悪い、悪い。今学校?』
「うん。部活は今日休み。女子あんまり強くないみたいで、練習もそんなに力入ってない」
『なんや。兵庫No.1セッターの名が泣くで?こっち帰ってくるか?』

ああ、できないって分かっててそんなこと言うんだ、酷いなあ。宮君。

「帰ってこれるんだったら帰ってるよ‥で、どうしたの?」
『いやあ、李沙の可愛い声聞きたなってな?もしまだ学校やったら興奮してくれるかな思て。‥どや?』
「‥何考えてるの、馬鹿」

馬鹿、なんて行っておいて、私は人気のない場所を目指して歩き出した。馬鹿はどっちなん?なんて、私の行動全てを把握しているかのように宮君は笑っていた。会いたい、会えない、もどかしい。宮君の声を聞くだけでも堪らないのに、そんなお誘いを受けないわけがないじゃない。‥そういうことだって、彼はきっと全部お見通しなのだ。

2017.04.01

| list | next