孤爪先輩と、黒尾先輩の家で夕飯を囲んで一緒に食べた。自分の家ではないけれど、こうやって家の中で誰かと食事を共にするのは久しぶりで、なんだかいつもよりもご飯が美味しいのは多分気のせいではない。黒尾先輩が意外と料理上手な所とか、我儘言わずに孤爪先輩がもくもくとご飯食べながらゲームしてる所とか、‥いやそこは怒られてたけど、だけど、いつも一人で食べるより箸が進んでいたのは、私だって流石に気付く。

いつこうやって食卓を囲んだかなと、そう考えるととても悲しいから思考は無理矢理遮った。多分今日、家には帰ってこないだろう。お母さんも、お父さんだって。

「李沙ちゃん、茶碗を貸しなさい」
「え。や、もういいよ、ご馳走さまでした」
「ただでさえほっせーのにこういう時に食べないんでどうすんだお前は!だから怪我すんだぞ」
「‥お兄ちゃんかなんかなの?」
「ぶっふ」
「‥いやさあお前ちょっと言い方考えろよな。研磨も笑ってんな」

もういいよ、分かったよ。黒尾さんがホントに私を好きだってことも。だからお兄ちゃんって言われたことに不貞腐れてることも。黒尾先輩のこちらを見る視線には合わせないようにして、私はなるべく孤爪先輩の隣を陣取るようにした。まあ彼は鬱陶しそうにはしていていて、かなり面倒臭そうな様子ではあるけど何かを発する訳ではないから完全に拒否をしている訳ではないのであろう。こちらとしては好都合だ。

ご飯を食べ終わった後、私はそんな黒尾先輩に断って外へ出た。それはもちろん、もう一度宮君に電話する為。やっと離れたと言わんばかりの孤爪先輩は、ソファの端っこに体を寄せてゲームの続きを始めているらしい。食器洗いは全部任せっきりだ。

「ごめんね。今ご飯食べ終わったよ」
『まだ友達帰っとらんとちゃうの?』
「大丈夫」
『俺は周りに誰もおらん方が好都合やねんけど』
「馬鹿。‥また今度ね」
『うわ、エロ』
「宮君は?ご飯もう食べた?」
『無視すんな』

電話越しで笑ってる、そういう音がする。電子機器のその向こうで、彼はどんな顔をして笑ってるんだろう。彼が居てくれれば、どんなに家庭の中が荒れていようとも私は冷静に振る舞うことができるのに、こうやってここに来ることもなく、黒尾先輩のことだって簡単に突っぱねることができた筈なのに。そうやって今どうしようもないことを考えたってしょうがないけれど、頭の中をぐるぐるさせずにはいられなかった。

「ねえ、宮君の次の休みっていつ?」
『当分ないな。練習試合近いし、落ち着くまでは』
「そう、だよね」
『ええやん。李沙も楽しくやっとるみたいやし。今も友達と一緒やろ?』
「え」
『ええなあ』

分かってる。その言葉達に他意がないってことくらい。だけど、今の私には「そっちで楽しくやれてるならもう大丈夫」だと、そう聞こえるのだ。大丈夫?大丈夫なんかじゃない、そんなの違う。ええなあとか、全然良くないんだよ。家族だって、学校だって上手くはいっていない、それに比例して人付き合いだってそんなに良くはない。唯一一緒にいられる人は、宮君が聞いたら嫉妬しちゃうような男の人かもしれない。でも私は、黒尾先輩達だからこそ距離を計って付き合ってこれた、のに。

「‥ええなあ、って、なにが?」
『いやなにがって、』
「なんにもよくない、こっちに来てからもっとめちゃくちゃだよ‥!」
『李沙?』
「‥会いたいよ、宮君‥」

言うつもりはなかった。だけど、ここまで来たら本音を出すことなんか意図も簡単で、私は直後に言ってしまったことを後悔することになる。数秒か数分かの沈黙の後、電話の奥から慌ただしく何かが動く音がして、宮君の双子の片割れの彼の困惑したような声も小さくではあったが聞こえてきた。目の前がぐしゃりとなりそうだったそれは引っ込んで、頭の上いっぱいにクエスチョンマークが浮かぶ。何やってるの?と言いたかった言葉は飲み込まざるを得なくなった。

『今からそっち行く』
「‥へ」
『駅迎えきて』
「いや、‥いやいやいや‥もう電車動いてないでしょ‥」
『返事せえ!』
「えっ、あ、ハイッ?!」

大きな声にびっくりしてつい返事をしてしまった後、ブツ、と切れてしまった通話画面は、いつものホーム画面に戻ってしまっていた。もう9時だよ、‥明日も学校だよ。来れる訳がないのに、本当に馬鹿だなあ宮君は。でも、それだけ私のことを気にしてくれているということなのだから、もっと喜んで良い筈だ。

「‥彼氏来るなら、しょーがねえよな」

なのに、いつの間にか後ろにいた黒尾さんの悲しそうな笑みのせいで、私の足の裏は地に張り付いたまま動くことが出来なかった。

2019.07.28

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