今日、会えませんか。

‥ってまたしても蛍から突然メールが来ていた、朝の8時。久しぶりに丸一日仕事もどこに行くっていう予定もなくて、今日は夜中に買い溜めたお菓子とDVDを手に家でゴロゴロするつもりだったのに、そのメールを見てから目が冴えちゃって、部屋の中を歩き回りながらそわそわしっ放しだ。

本当は練習しに行こうと思っていたけど、皆から「様子がおかしいから取り敢えず明日は寝て食べて寝ろ」って言われている。‥なのに、様子をおかしくさせたであろう張本人から「今日会えませんか」だなんて、きっと皆から「やめとけ」って言われるし、大反対されることだろう。いや別にこのことを誰に報告するつもりもないけどさ。

会えませんか、‥って言われてもなあ‥。あのキスの意味がなんにせよ、これから先も蛍との関係を自分が続けていきたいのであれば、解決は絶対にしないといけないことだ。例えば蛍が私のことを好きでやったことなのであれば、‥その時はその、付き合うとか、そういうカードを引いてみてもいいのかな。私は、全然、‥付き合いたいけどな、蛍のこと、好きだし。

考えてみてもラチがあかないので、私は1人の友人に電話をかけて、相談を試みることにした。恐らく今、私の知る中では1番の幸せ者であろうその子は旦那様とそれこそ幸せな朝を迎えていることだと思うが、今日くらい邪魔したっていいと思うんだよね。そんな軽い気持ちで連絡先をタップして通話ボタンを押すと、直ぐに「もしもし」というしっかりした声が聞こえてきた。昔はもっと朝に弱かったような気がするけど、やっぱり恋は人を変えてしまうらしい。

「ゆかりおっはー。元気?」
『元気もなにも‥どうしたの』
「いやーちょっとね、相談があって」
『こんな朝早くに?』
「こんな朝早くに!」

うざったい、と心の声が聞こえてきそうな不機嫌さである。ガチャガチャしてる音が聞こえる辺り、朝ご飯の準備でもしているのだろうか。と思ったら、随分近くで旦那様の声がしていた。

「‥え、コーチと2人で朝ご飯でも作ってんの?」
『なんでもいいでしょ。‥あ、繋心さん、焦げちゃいますよ』
『いーんだよ。つーか俺に任せてていいからホラ電話』
『心配〜、ふふ、ありがとうございます』

‥なんだこの口から砂糖でも吐きそうなくらい甘い朝の会話は。思わず電源を切ってしまいそうになったけど、そもそもゆかりに電話をかけたのは私である。流石に失礼だと思い直して出かけた溜息を飲み込んだ。

『‥で、ごめんなんだった?』
「塩対応‥」
『なによ』
「いえ。‥いや、あのね、実はその斯斯然然ありまして‥」
『その説明じゃ分かんないからちゃんと説明して』

ですよね。電話の向こう側で腕組んでそうなゆかりの姿が見えるようである。私も落ち着いてソファに座って、この間の蛍とのやり取りを1から10まで説明することにした。現在も蛍との連絡を途絶えさせていること。偶然道で会ったこと。私のことをそう簡単に諦めるなんてできない、と言われたこと。そして、‥キス、されたこと。私にしては随分落ち着いて会話が出来ていたらしく、合間合間にゆかりの「へえ」とか「おお‥」とか、驚いたような声が聞こえていた。いつもだったら興奮して相手の相槌すら聞けていない私が、まさかの事態である。

『‥いやまあ事情は分かった。ようは月島君は怜奈のことが好きってことね』
「え、や、やっぱりそうなの‥?」
『誰が聞いても十中八九そうでしょ。月島君カワイソ』
「ええッ‥!」
『でもさあ、‥あんた分かってそうで分かってないと思うから言うけど、月島君って高校生でしょ?』
「え、うん」
『もし会うっていうなら、今後気をつけた方がいいと思う』
「へ?」
『怜奈、もう一般人じゃないんだよ。あんたの選択がもしかしたら月島君の人生を狂わす可能性だってあるんだから。‥大事には至らなかったけど、朱袮が私にしたこと、覚えてるでしょ?』

ぴた。すうすう息を吸っていた口が空気を取り込むのをやめた。‥そういえば。コーチとゆかりが付き合い出した頃、ゆかりを好きだったアカネさん(朱袮が本名である)が嫉妬に塗れて、メディアにゆかりとのことを報道させようとしていたことがあったのだ。人気があったアカネさんだったから、もちろんネット上でも「相手は誰だ」って騒がれていたしゆかりも行動し辛そうだったけど、まあ、それこそ斯斯然然で終息している。‥そういえばそんなことあったなあ、と他人事みたいに思っていたが、確かに‥と、納得せざるを得なくて何も言えなくなってしまった。

「‥でもあれは、朱袮さんが‥」
『そうだね。でも、今の時代どこから噂を引っ張りあげてくるか分かんないんだよ。2人でいるところを見られでもしたら、手を繋いでたら、キスしてたら、それが高校生だったら?例えば真実だけを語る記者なんていると思う?怜奈はバンドのこともあるし余計にそういうの敏感にならなきゃ。好きな人が出来るのは良いことだし私は止めないけど、冷静になってちゃんと考えないと、誰も幸せになんかなれないよ』

ぐさ、ぐさ。突き刺さりすぎて心臓が痛い。私の今までの行動があまりにも軽薄な気がしてならなくて、つい縮こまってしまった。でも、考えれば考えるほどゆかりの言葉には重みがあって、なにも言い返せない。

『‥まあでも、取り敢えず会わなくても、連絡くらいだったら誰にも見えないから。月島君とちゃんと話してみたら』

ごもっともである。それは、もちろん分かっている。‥私ももう子供じゃないと思っていたのに、貼り付けられていたメッキが剥がされてしまったみたいだ。

お互いが好き同士だから、付き合える。
‥そういうのは、私がいるこの場所ではとても難しいことなのかもしれない。

2019.02.24

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