「え?あの、‥あの!この子!この子!」
「おわっ!?なんだよ急にどうした!?」

台所で洗い物をしていコーチの胸倉を思い切り掴んで、慌てて写真の一部を指差した。写真に写っている誰よりも高い身長と、いつもと違う眼鏡。汗で少しぺったりした髪は彼らしくないけど、でも絶対にこれは蛍。私が間違える訳がない。だってこれ、月島蛍その人だもん。
バレーやってるって言ってた。全国も行ったとか言ってた。全部綺麗に当てはまるけど、‥いやいやちょっとほんと、こんなことってある?ゆかりの旦那がコーチで、その教え子的なのが蛍とかって、‥そんな奇跡みたいな偶然ある!?

「ちょっと怜奈どうしたの?‥あの写真がどうかした?」
「写真っていうより、蛍!コーチの教え子なんですか!?」
「ケイ、って‥あ?月島の知り合いか?」
「そう!そうです!」
「‥え、ちょっと待って。怜奈1人っ子だったよね?高校生とどんな関係なのよ」

どんな関係かと言われましても、それは答えにくい。友達かと聞かれればなんか違うし、兄弟なんて冗談はゆかりに通じない。何が一番しっくりくるのかと考えたところで、頭にそれほど自信のない私にはそれが思いつかなかった。ちなみにどこで知り合ったかと聞かれたら、それはそれで言い辛い。一応私は有名人の端くれで、蛍は一般人。なのに実はiPhone拾ってもらってついでに番号も交換したんです〜なんてことをゆかりに知られでもしたら、小1時間くらいの説教をくらいそうだ。

「ちょ、ちょっと色々あって、知り合いなんだよネーッ」
「‥なんか怒ることになりそうな気がするからもう聞かないでおくわ‥」
「月島と付き合ってるとかそういう感じなのか?」
「あ、いや、そういうのでは‥」

ない。そう口にしようとして、ふと固まった。
付き合う。‥付き合う?付き合う、とは。蛍と私が?男女の関係に?クールで、人のことを小馬鹿にして、ちょっと嫌な奴。でもそれを上回るくらい、一緒にいて楽な奴。‥思えば、こんなに不思議な気持ちになれるのは初めてだ。連絡がないのも実は寂しい。本当は連絡したい。話したい。馬鹿みたいなことを喋っていたい。また、蛍とご飯食べに行きたい。人目なんか気にしないで、2人で出掛けたい。高校生とかそんなの関係ないもん。蛍と一緒にいたい。

蛍と一緒に、いたい。‥そう思うのって、どういうこと?

「‥え、もしかして、怜奈の話しって恋愛について?」

元々丸い目をさらに開いて、ぱちぱちと何度か瞬きをしたゆかり。コーチも突然噴き出して、器官に入ってはいけない何かが入ったらしくかなり激しく噎せていた。‥って、それはまあ置いといて。恋愛についてって、そんなことまで言ってないけど。しかも歳下の高校生に何かが芽生えてるとかやばくない?私大丈夫?冷静になってみると途端に恥ずかしくなってきて、急激に首から上が熱くなってくる。冷めろって思ったってもう遅い。

「繋心さん、この月島君ってどんな子?」
「いや‥まあ見たまんまっつーか‥冷静沈着で頭良いけど憎たらしい奴だな。その癖してバレーに関してはかなり熱くなれるようになったっつーか‥‥」
「へえ〜‥。で、怜奈はその月島君が好きなんだ?」
「ハッ‥!?」

ちょっとだけ慌てた声が出て、口をすぐに塞いだ。だけど、私の声に吃驚したゆかりがコーチと顔を見合わせて、少しだけ含み笑いをする。まるで「あーこれは図星なやつか」とでも言いたげな笑い方で、ちょっとだけ不愉快。‥でも、違うだなんて言えなかった。それは多分、‥自分の中でも図星かもしれないと思っているからだと思う。

「わ‥‥私、蛍のこと好きだったの‥?」
「嘘でしょ。まさかの疑問系‥」
「わ、私高校生の蛍のこと好きなの‥?」
「いや知らないよ。自分で考えなよ」

ばっさり切り捨てられる言葉に、ちょっぴり傷付く。心臓というか、体の端っこ辺りがむずむずして気持ち悪い。むず痒いとでもいうべきだろうか、指であれこれ引っ掻いてみても、どこが痒いか分からなかった。

「あー‥まあ俺が聞くのは違うと思うんだけどよ、月島の何処が良いんだ?」

いや、良いところがないって言ってる訳じゃなくて、と顔の前で手を振るコーチ。何処が良いとか悪いとか、そんなことを考えたことはない。ただ単純に、一緒にいてとても心地良い男子高校生で、歳下の男の子で。‥そうやって蛍の顔をずっと思い浮かべていると、なんだか年甲斐なくも恥ずかしくなってくる。

「‥うわ、怜奈が女の顔してる‥」
「いや元々女ですし!」

漫画でよく顔が熱い≠チていう表記、よく読む。それがこれなのかと思ったら、頬っぺたを隠してしまうのもよく分かる。熱いってことは、多分顔が赤いから。友人にそんな顔を見られるのって結構堪える。リズムが一拍遅れるより、音の出だしを間違えるよりもよっぽど。

「‥蛍はぶっきらぼうだしすぐ文句垂れるけど、なんだかんだ我儘に付き合ってくれるし一緒にいて楽しい‥ですけど。‥でもですね、あの‥」
「?」
「蛍は好きな人がいるらしいので、最近は連絡しないように心掛けておりまして‥」
「グフッ」

コーチが注いだばっかりのお茶を噴いた。ついでにゆかりも顔を固まらせたまま、ぽかんと口を開けっ放しにして停止している。‥いやゆかりは私の性格とかなんだかんだを知っているからまだいいとして、何故コーチまで驚く必要があるのか。写真の中の蛍の顔を視界に入れると、またほんの少し自分の体温が上がった気がする。
‥まじか。夢にも思わなかったけど、すぐにでも連絡したいくらい私は蛍のことが好きだったのか。納得と同時に信じられない。心臓煩くなってきた。

2018.10.21

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