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お酒を飲んで二日酔いになるのは、確率2分の1。というか割と最近20歳を超えた女なので、そこまで飲みに行く回数が多い訳じゃない。そりゃ油断もする。ゆうちゃんにも昨夜耳にタコが出来るほど言われたし言わされた。「飲み過ぎんな、限度を守れ」と。限度なんか自分で分かっちゃいないんだから無理。そう言ったところでまた説教されるのが目に見えてるので、盾はつかないことにしている。

翌日になっても、昨日のことはちゃんと覚えている。何を何杯飲んだかも、何を食べたのかも。だけどどの辺からふわふわしていたのかはあんまり定かではない。「あんた酒以外もなんか胃に入れなよ」という友人の言葉を無視して、ぐびぐびとずっとお酒を飲んでいたのは私だ。だって甘いカクテルもしゅわしゅわ爽やかなスパークリングも美味しいんだもん。ビールは苦いから嫌いだけど。

「頭‥いた‥」

そうして今日はその「翌日」である訳だが、ものの見事に二日酔いという気持ち悪さに意識を奪われていた。朝から何故こんな目に、とは思ったが、全部自分で撒いた種。ゆうちゃんに抱えられてベッドに運ばれた挙句、散々説教され、そして彼は30分もしないうちにそそくさと自分の住んでいるマンションへと帰ってしまったのだ。水がすぐ飲める準備くらいしてって!と思ってしまったのは、勝手極まりない私の我儘である。

「今何時‥?」

今日も仕事だ。行かなければ。そうやってスマホを手探りで探してすぐに冷や汗が出る。おかしい。12時ってなんだ。深夜の12時?いやでも、飲み屋を出たのって夜の10時過ぎだったはず。そこから帰って、家について、ゆうちゃんから説教くらって、それで11時だとしても、1時間しか寝てないとかそんな訳が。

「え、ちょ、待った‥!」

日付を確認して、さらに背中が冷える。外が雨であまり明るくないからって朝になってない訳ないじゃないか!気が動転してパニックになっているが、いや待てよ、じゃあどうして会社から連絡が来ない?と少しだけ冷静になれた。冷静になれた所で落ち着いて自分のスケジュール帳を確認してみると、過去の私は今日、有休申請をしていたことをふと思い出す。全然覚えていないけど、多分「飲み会がある」ということを知らされた時点で「次の日休みにしておこう!」とでも思ったのだろう。‥全身の気が一気に抜けた。そうして安心したと同時に、思い出したようにお腹も鳴る。そして気持ち悪くなるのも同じくだ。

「気持ちわる‥おえ‥」

安心したと思ったら、今度は胃のむかつきがきてベッドに逆戻り。こんな時、一人暮らしというのは中々厄介なもので、例えば自分が「何か食べたい」とか「薬が飲みたい」とか思っても、それは自分でやらないといけないのだ。どんなに怪我していようとも、病気であろうとも。昔だったら家族がいたし、昔だったら助けも呼べたし、‥というか今だってゆうちゃんに言おうと思えば言えるけど、それは多分子供のすることだろう。とか思ったり‥。

30分くらいベッドの上でうだうだとしていたけれど、結局それだけでは胃のむかつきは取れなくて、私は取り敢えず水を飲む為に、ゾンビのような顔のまま台所へ向かった。足と、腰が重い。なんならこのまま一度吐いてしまえば楽になれる気がしたけれど、生憎口の中に指を突っ込む勇気等は持ち合わせていなかった。

上の棚にあるガラスのコップを取ろうと、ゆっくり手を伸ばす。そこにはコップの他にも、小麦粉や砂糖や塩などの、少し大きめの袋が置いてあった。料理やお菓子作りが好きなので、少量のパッケージで買うとやっぱり勿体なくて。だから纏めて買うのだけれど、いかんせん結構重たいのが偶に傷である。

「‥あ」

コップを一つ取ろうとしているだけだった。なのに、つい足元がふらついて小麦粉のパッケージの端にパジャマの袖が引っかかって、ぐんと腕が重たくなる。ヤバイ、と思った瞬間、小麦粉の周りにあった砂糖や塩、さらにはタッパやラップも巻き込んで、一瞬で私の目の前は真っ白になった。「どんがらがっしゃん」という漫画みたいな音が、私の耳元で響いている。

「‥‥‥首‥‥‥」

がらんがらんと鍋蓋のような音が落ちたのも聞こえてくる。あれが頭の上に降ってきていたら‥と思うとぞっとした。水が飲みたかっただけなのに、まさかこんなことまで起こってしまうとは。まるで「どこのハロウィンに参加してきたんですか?」と自分で自分にツッコミしたくなる。結構大事になったせいで、気持ち悪さは若干どこかへ吹き飛んでしまったのは、せめてもの救いだ。

「ちょ、苗字さん大丈夫!?」

誰か来てほしい。だけど誰も来てほしくない。そんなことを考えながらわたしは絶望していた。その最中である。そんな天使の一声が玄関先から聞こえてきたのは。誰だろう、と考える間もなく扉が開かれる。いや人の家ですけど、とは思ったが、こんな私の姿を見て何かをしようなんて輩は現れないだろうとも思った。そうしてちらりと視線だけを動かして、人の姿を確認する。そこにいたのは、隣の部屋の住人である、黒尾さんだったのだ。

「‥くび‥おれてないですか‥」
「おう‥?喋れてますし‥問題ない、かと‥?」

我ながら変な質問だ。色んなことに気が動転しているのだろう。黒尾さんが「ブフッ」と噴き出したのも無理はない。逆の立場だったら多分私も噴き出してた。