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「今日の飲み会どうやって行く?」
「歩きだよ」
「じゃあ車乗ってっていーよ。帰りは送れないけど」
「えーほんと?いいの?」

取引先への連絡も終え、丁度PCの電源を落とした直後、後ろから声を掛けてきた人物がわたしの肩を叩いてきた。最近は仕事も切羽詰まっている時期ではないからと、久しぶりに仕事仲間で飲むかと集まることになっていたのだ。勿論わたしも参加予定で、指定された場所まで歩いて向かうつもりでいたが、どうやら声をかけてきた同期の女の子が車で送ってくれるという。めちゃくちゃ近場だけど、ちょっとだけ面倒臭かったから有難い。

自分の誕生日は4月の頭。エイプリルフールだ。だけどそれを信じてくれる人は中々いなくて、ちょっとだけ自分の誕生日に腹を立てることがある。‥いやつまり何が言いたいかというと、同期の誰よりも早くお酒を飲めるということだ。

「いいなー。わたしもあと2ヶ月くらいで誕生日なんだから飲めるようにしてほしー」
「法律だからね。ここで飲んじゃったら会社に迷惑かけちゃうよ」
「そういう正論なの今はいーの!」

仕事はそこそこ大変だ。技術職と言えばそうだから、納得ができないと電話越しにぺこぺこ謝って締切を伸ばしてもらえるようにお願いすることもある。でもそれで良いものができれば、お互いが満足できた。ずっとここで、仲間と切磋琢磨しながら仕事ができればいいなと思う。例えば結婚とか子供とか、人生の節目が訪れたとしても、だ。



―――



頼んでいたグラスの中身は、5つ6つと空になっていく。お酒は好きだ。だけど、好きなせいでセーブが効かないらしいことを最近知った。だから飲み過ぎる。分かっているのにやめられないのだから、アルコールとは恐ろしいものである。別に泣き上戸になったりキレ散らかしたりすることはないけれど、気分は上々で常に楽しくなってしまうのだ。目の前のポテトフライがゆっくり踊ってるように見えてしまうくらいには、気分良く酔っているのは自覚済みだけど、またついコールボタンを押して、ジントニックを注文してしまった。

「ねーもうなまえまた酔ってるんだけど」
「まあもう介抱係に電話してるでしょ」
「ゆうちゃん≠セっけ。他の部署の」
「ゆうちゃんには電話してま〜す!」
「あっそ」

明日も仕事だけど、楽しむ時はしっかり楽しみたい性格だ。だから翌日に後悔はするけど、後悔するだけで勉強はしない。運ばれてきたジントニックを口にしていると、隣からすすすと唐揚げが寄せられてきた。どうやらお酒以外にも口に入れろということらしい。母親みたいに心配してくれる同期は、枝豆を放り込みながら呆れていた。

「あんた一生彼氏できなさそうよね」
「ぅえ、なんで?」
「お兄さんがシスコンすぎるからよ!そしてあんたもブラコンすぎるから!」
「そうかなあ。‥そうかもね!」
「ちょっとは凹んでくれないと意味がないんですけど」
「ゆうちゃんかっこいいもんね!」

わたしのその発言が気に入らなかったのか、ぱこんと頭の上で音がする。‥どうやら後頭部を打たれたらしい。
ゆうちゃんこと、苗字ゆうきはわたしの兄であり、同じ会社で違う部署に勤める上司だ。優しくてわたしの自慢のゆうちゃんはどこにいても人気があって、そして凄い人。‥わたしに彼氏があまりできない原因は、そんな兄がいるからじゃないだろうかって勝手に責任転嫁している所があるけれど、強ち間違ってはいないと思う。

「そんなイケメンがいたら結婚できないだろうからわたしパスだわ」
「ね〜。ほんとに思う」
「‥あんたの頭に水ぶっかけてやりたい」
「やだ!寒いよ!」

偶に本気になる同期なので、慌てて他の人の後ろに隠れて身の安全を優先すると本当にグラスを持って近付いてくるからいけない。悪ノリがすぎるのは良くないよ!と、後退りをした所でどんっと何かにぶつかった。最初は壁か何かかと思っていたら、そうではないらしい。ぶつかった拍子に支えられたから、多分人だ。

「なまえ飲みすぎ」
「あれ、ゆうちゃんこんなとこでなにやってんの〜?」
「迎えにきたんだよ。10時に迎え来るってメールしたろ」
「早くないかなあ」
「迎えにきた兄に対して文句言うな」
「ぶえ、」

両方の頬っぺたを伸ばされると、文句を言いたい口も上手く動かない。やだ、まだ帰りたくない!と駄々を捏ねても結局皆もゆうちゃんもわたしを家に連れ帰るという選択肢を選ぶのだ。頭の中がふわふわするから、あんまり引っ張らないでほしい。払うはずのお勘定もゆうちゃんが払ってくれて、周りの女の子達はこそこそきゃあきゃあ黄色い声を出しながらゆうちゃんを遠くから眺めている。‥気分が良い、という言い方でいいのか分からないが、悪くはないのは確かだ。

珍しく自分の車ではなく、お店の前で既に待っていたタクシーに押し込められて、段々うとうと首が前に降りてくる。その度に「寝んなよ」って起こされて、またうとうとして、という鼬ごっこを繰り返していた。

「大体な、迎えに来てーじゃねえよ、飲みすぎんなって毎回言ってんだろ」
「だってゆうちゃんなんだかんだいつも絶対迎えに来てくれるじゃん〜ねえ今日なんで車じゃないの〜」
「今丁度点検出してんの。代車は乗りたくねえ主義なの」
「なのにわざわざタクシー呼んでくれてやっさしいねえ」
「可愛い可愛いなまえちゃんの為だからな」
「うわ怒ってるじゃんこわ〜」
「おい触んな、」

わたしが以前住んでた家で色々あった時、一番心配していたのは恐らくゆうちゃんだった。だからお隣さんの黒尾さんと鉢合わせしてしまった時がちょっとだけ心配で、ちょっとだけそわりとしてしまう。電気は付いてないから、まだ帰ってきてないのかもしれない。仕事、大変なんだろうな。