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ここのところ立て続けに仕事の依頼が立て込み、忙しくしていたせいで折角綺麗にした部屋の中がごっちゃごちゃになっている。いや言い訳にはしたくないが、この惨状を見たらさすがに言い訳もするだろう。てか寝に帰っているようなものなのに、どうしたらこんなに汚くなるのか我ながら謎である。床に広がる下着、パジャマ、爪先が破れたストッキングやクラッチバック。机にはボールペンやらノートやら、しまいにはコンビニで買ってきたであろうお菓子の袋。‥いやそれは流石に覚えている。この間あんまりにも疲れすぎて甘い物を摂取したいと大量買いしたのだ。いやー誰も呼べない。ゆうちゃんでさえも部屋に呼べない。

というわけで、久々の連休を使って掃除をしようと立ち上がったのだ。もう午後2時ですが。

「よしっやるぞ!」

掃除機とゴミ袋、ついでに雑巾。もうすぐ届くであろうプラスチック製のちょっとおしゃれな収納ケースを待つ間に、なんとか床はピカピカにしたい。いる服といらない服を分けて、下着も選別してあとで新しいものを買いに行こう。気合いを入れて古臭い高校ジャージに袖を通したところで「いやちょっと待てよ」と、ふと思い留まった。

例えば、ゆうちゃんが突然遊びにきたら。例えば、誰かが連絡もせずに訪ねてきたら。例えば、収納ケースを届けにきた人がすっごくかっこいい人だったら。あとは、

「‥‥突然黒尾さんとか来たら、流石にヤバイか?」

やめたやめた。化粧は眼鏡で誤魔化すとしても、高校時代のジャージはヤバイ。結局ばさばさと散らばった床の上に古臭いジャージを投げ捨てると、ギリギリセーフだと判断したスウェットパンツとTシャツに着替改めて袖を通す。

そういえば黒尾さんにあれから連絡一つしてないや。ちゃんとお礼しなきゃいけないのに、ここんとこ忙しかったからすっかり忘れてた。

けど、そうしようと思っていても目の前に広がるこのぐっちゃぐちゃな光景を見ると、お礼をするどころの話ではない。兎にも角にもこの部屋をどうにかしてからの話しなのだ。部屋の乱れは心の乱れ。そう、よくない。目の前に落ちていたもう何ヶ月使ったか分からないブラの一つを掴むと、そのままゴミ袋に押し込んだ。



―――



夕ご飯はお昼ご飯と兼用になった。普段運動もしないから、掃除だけでこんなに疲れてしまうとは。だけど、見違える程に綺麗になった部屋を見ると達成感でいっぱいだ。服やものであまり見えていなかった床の上にはもう何もない。雑巾掛けもしたし、ぴっかぴかで塵一つない。まあ、今は、になるかもしれないが。

「‥げ、もう10時?はや、」

気付けばお風呂にも入ってないけれど、最後の仕事が残ってる。綺麗に整頓した収納ケースをタンスの奥にしまうことだ。そうしたら柚子の香るお風呂に入って、買ってきたばかりの下着に着替えて、そこから黒尾さんに連絡することにしよう。まあ、寝てたら寝てたでしょうがない。それに「お礼はまだか」って思ってたりはしないだろうし。‥いや、どうだろう。思ってたりするかな。

お湯に浸かりながら明日は何をしようかと試行錯誤する。1日中寝るなんて勿体ないことはしたくない。それに今日黒尾さんに連絡つかなかったら、明日こそは、と思っているのだ。夕方頃、下着と一緒に買ってきたケーキだって賞味期限は明日までだし。

充分に温まってから着替えると、まずは彼に連絡を入れる為にスマホを取った。なんて打とうかな。「もう寝てますか?」とかでいいか。あとは「明日早いですか?」も付け加えておこう。頭の中で黒尾さんに送る為のメール内容を考えていると、テレビの上から突然何か黒い物体が出てきたのが見えた。なんだ?と思ったのも束の間、びしっと全身が固まって動けなくなる。‥いや、ちょっと待て。流石に通常の大きさであれば「ティッシュペーパーで取って外に出してあげよう」くらいは考えられるだろう。でもそれができない。大きすぎるのだ。目の前の物体が、掌近くもある大きさなものだから。あの図体で身体のどこかに張り付きでもしたら絶対に気絶する自信がある。喰われるかもしれない。大真面目だ。

「‥いや待って、どうしよ‥」

ぶわっと脂汗みたいなものが皮膚を伝うのが分かる。どっから入ってきた?いや、もしかしたら私がここに来るよりも前から住んでた先住民‥?だったら私が出て行くべき‥って違う違う。こっちは金払って住んでるんだ。そっちとは訳が違う。とにかく、とばかりにゆうちゃんに電話しようとしたけど、ここに来るまでには少し時間がかかる。そうだ、黒尾さん、隣の黒尾さん!殆ど無意識のうちにメール画面を開いていて『黒尾さん助けてください』と送信しようとした瞬間、毛むくじゃらの足数本が動いて落ちたと思ったら、床を這ってこっちに向かってくるではないか。

「いやああああほんと勘弁してよおお!!」

じっと見張れる程、私に虫の耐性はない。しかもあんなでっかい蜘蛛なんて聞いてない。ぞぞぞと冷たい何かが這い上がって、そのままお風呂場へと逃亡。てかなんで向かってくんのほんと意味不明なんですけど!
これでは私の命が危ない。そう思って迷わずにタップした受話器のマーク。早く出て早く出て!そう思っていた私の気持ちはすぐに届いたらしい。

「‥どうした?」
『お風呂場から出られない、いるの、』

お風呂から出たばっかりだから、床が濡れている。思わず座り込んじゃったから、パンツまで水が染み込んでお尻が冷たい。‥とか、それどころじゃなくて。もしかしたら声も震えていたのかもしれない。何かがおかしいと察してくれたのか、黒尾さんの息が少し、焦ったように荒くなった。

「すぐ行くから取り敢えず警察にすぐ連絡して」
「ダメ、」
「じゃあ俺がするから」
『違うの、手のひら大の蜘蛛が部屋にいるの‥!』
「‥おお?」

恥ずかしい?そんなこと言ってられない。だけど、警察を呼ぶという思考は流石に「恥ずかしい」と少しだけ冷静になれた瞬間であった。

2020.06.05