冷えたコーンスープ


「ン、ン″ーーンンッ」


どうしたんだろう、と考えるのはこれで三回目だ。今日の鎌先君は、朝っぱらから様子がおかしい。喉の様子が変という訳ではなく、風邪を引いている訳でもなさそうだ。

お昼のご飯を外で、だなんて。明けましておめでとうの言葉も早々に、三学期が始まってすぐこんなに寒い屋上で食べるとか、私にそんな選択肢はなかった。いいんだけど。だって、鎌先君とこうやって屋上でお昼ご飯が食べれることなんて、この先あと少ししかないだろうからさ。
そんなことを考えながら、ぱくりと卵焼きを口に入れた。

「ンン″、ン″ッ!」
「ねえそれなんなの?」

さっきからずっと、何度も喉の調子を確かめてるその様子に、流石に心配になってきた。就職先が決まって安心したのだろうか。それとも実は、ほんとに風邪だったり。

「な″ぁ」
「え?なに、風邪?」
「はっ?俺が風邪なんか引くかよ″」
「やっぱりそうだよね。今の鎌先君には説得力全くないけど」
「うるせえな」
「なによ。心配してあげただけなのに」

付き合って丁度二年。その時も、すごく寒かった日にお昼ご飯を一緒に食べた。冷たいお弁当を食べてたら、あったかいコーンスープの缶を「やる」って渡されて。「その代わりに俺と付き合えよ」って。その時の真っ赤な顔を見たら、そんな言い方されたことも忘れて嬉しくて泣きそうになったのをよく覚えている。

そんな私と鎌先君はもうすぐ別々の道へ進む。彼は県内の企業へ、私は県外の大学へ。つまり、遠距離恋愛になる。恋人同士じゃなくなる訳なんかじゃないのに、それがなんだか寂しくて最近センチメンタル気味だ。そんなんだから、今鎌先君が何を考えているか分からなくて、少しだけ怖い。

「ほら」
「え?わっなに、」
「さみーだろ」

ぽんと渡されたのは、いつかと同じコーンスープの缶だった。なぜこのタイミング。もうだいぶ冷めているじゃないか。もっと早く渡してよって口が開いた瞬間、冷たい風が口の中に入ってきた。

「あ″ー‥そう、あれだ。二年。頑張ったら仕事先が選べるようになる、らしい」
「へえ‥」
「なまえも二年経ちゃ色々将来考える頃だろ」
「まあこの頃にはもうすぐ大学三年生だからね」
「その頃には、だから、ほら、あれだろ」
「あれってなに?」
「いや、だからさあ、アレじゃん、色々考えるだろ」
「はあ?」
「け、‥結婚とか、色々あんだろ!」
「けッ!?」

元々声がでかいのに、大空に響くくらいの声量でとんでもないことを口走った鎌先君。コトンと地面に落ちたコーンスープの缶が転がって、壁にぶつかって停止した。え、なに、そんなこと考えてたの?私は鎌先君との未来を不安がってたのに、彼はその先の未来を見据えてたってことで。

「‥脳筋の癖に生意気」
「ア″!?喧嘩打ってんのかコラ!」
「私二年も待てない」
「無茶言うなよ!こっちはこう、どう言おうか考えてだな‥!」
「けど、鎌先君がそういうなら待つしかないか」

赤くなった鼻、白い息を出す彼の口。さっきまで寒くて開ききってなかった瞼が大きく開いている。「なるべく早くそっちに行くからな」って嘆いた声は、思っているよりもずっと優しかった。
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