ネコの王子様



付き合って二年が経つが、彼に我儘なんて一度も言った試しがない。

そう友人に伝えたら、「それ良い彼女っていうか、もう都合の良い女じゃん?」だって言うけど、我儘なんて言ったら嫌われそうじゃない?遊びたいのに部活ばっかり!とか言いたくないし。というかそんなことは思ってないけど、学生の内に学生の思い出は欲しかったな、とかなんとか考えたりはするものだ。


『なあ、なまえなんか最近変じゃねえ?』

はっとした。そうだった、今電話中だった。部活の話が止まらない衛輔君に対して、私はもやもやとするばかりでちゃんと返事ができていなかったのかもしれない。あんまり覚えてないけど、恐らくそうだ。なんとなく自覚ある。でもそれって多分あんまり良くないことだってことも自覚していた‥はずなんだけどな。

「変って、何か変かな‥」
『学校で話す時も、今もすげー上の空。まあもうすぐお互い卒業ってのもあるけどさ‥寂しいじゃん。折角時間見計らって電話してんのに』
「ご‥ごめんなさい‥」
『いや謝ってほしいわけじゃなくてさ』

何かあるなら真っ先に俺には話してほしいだけだ、って、衛輔君の真剣な声が耳に届く。そんなこと言えたら言ってる。もっと会いたかったとか遊びたかったとか、一緒にいたかったとか。言えたら、もっとたくさん言ってる。でもそれを邪魔できないのなんて充分すぎるくらい分かってるもの。

現在一月一日、元旦の0時半前。明けましておめでとうからまだそんなに経ってないのに、年明けから気分を損ねている私はまだまだ子供だ。衛輔君の方がずっと大人。

『俺に言いたいことある?』
「ううん、ない」
『あるだろ。ちゃんと言え』
「ない、ほんとに、ない」
『‥俺はあるのにお前は本当にないの?』

少し怒ったような口調にどうにも嫌な予感しかしなくて、ひくっと口の端が引き攣った。この流れからのフラグなんて一個しか立ってない。私がこんなんだから、愛想尽かされちゃったのかもしれない。

そんなの嫌だ!

ぎゅう、とスマホを握る手が強くなった。言っても言わなくても、終わりになっちゃうなら言った方が断然いいのでは?
そう思っても、出来るかと言えばまた別の話。

『ドア開けて。今日お父さんもお母さんもいないんだろ』
「え。‥えっ?来てるの!?だってきょ‥昨日?部活普通にあったって、」
『部活後だろーと会いたいもんは会いたいんだよ。つーかさみぃから入れて』

その直後にインターホンの音と、ドアの扉を叩く音。こんな時間に親がいないからって来ていいと思っているのか。っていうか本当に衛輔君なの?部屋を出て、そっと扉の小さな穴から覗き込んでみると、そこには確かに両肩を寒そうに震わせた衛輔君がいた。


「‥お母さん達いたらどうするの」
「いたら挨拶する」
「もう‥そういう問題‥?」
「ん」
「?」

両手を大きく広げられて何事かと思っていると、どうやら抱き着いてこい、ということらしい。おずおずと近付いて、もこもこしたアウターに身を委ねてみた。頭と腰に、衛輔君が抱きしめてくれた感触がする。

「ごめん。付き合ってんのに恋人っぽいこと全然出来なくて」

私の頭を触る手が何度も上下する。なによ、知ってたのか。自覚あったんだ。いーの別にって、可愛くない声が出る。
‥だけど、その言葉にかなりほっとした。

「ちゃんと好きだからな」

だから、安心してこれからも俺の隣にいてくれよって瞼の上にキスを落として、鼻の頭、頬っぺたへと下がっていく。

「ちょ、ちょっ‥」
「嫌?」
「ここをどこだと!」
「近所の人になまえは俺の彼女だって知ってもらった方が俺としても好都合なんだけど」
「一生別れられなくなるかもよ」
「一生別れるつもりないからいいんだよ」

簡素な口約束のあとに、衛輔君は迷うことなく私の唇にもキスをした。

これが永遠の約束であったということを知ったのは、それから四年が経ってからだ。
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